運がよかったな、と笑うアスマから貸し出し用の最後の一本の傘を受け取る。丁度それと同時に見覚えのある女が一人、職員室へと入ってきた。


「せんせー傘貸してー」

「残念ながらコレが最後の一本だ」

「えぇっ、うそー…」


アスマの言葉でがくりと肩を落とした女の恨めしそうな視線が俺に向く。


「…って、シカマルじゃん!」

「遅ぇよ」


同じクラスのそいつはすぐ横にいたにも関わらず今初めて俺の存在に気付いたらしい。


「じゃあせんせーの傘貸して」

「鬼かお前」

「悪いな、そうしてやりたいのは山々なんだが車だから傘は持ってないんだ」

「あ、じゃあ車で送ってよ」

「7時まで待つか?」


きらきらと輝いた笑顔から一瞬で見るに耐えない残念な表情へと変わる。こいつは仮にも女だったはずだ。いいのか、その顔は。


「2人で一緒に帰ればいいじゃねぇか」

「はぁ?」

「その手があったか」


いやいや何納得してんだ、お前はそれでいいのか。クラスメイトってだけの男と相合い傘で帰れっつわれてんだぜ?……って、そんなこと気にしてんの俺だけか。


「よろしくお願いしまーす」

「…別に、いいけどよ」



* * *



と、まぁそんなこんなで一つの傘でとりあえず駅まで一緒に帰ることになったわけだが…。


「………」

「………」


さっきまでの清々しい程に図々しいコイツはどこへ消えたのか。傘の中は想像していたよりもずっと静かで気まずかった。


「…シカマル、傘もっとそっちやっていいよ」


肩濡れてる、と指のさされた先を見れば確かにポツポツと雨のあとがあった。


「そう思うならもっとこっち寄れよ」

「え、…うん……


一瞬驚いたような顔を見せたかと思えば、赤くなってすぐに下を向く。
特別大きな傘でもないのにこんだけ離れてればどちらかが濡れて当たり前。言った言葉に他意などかった。それなのにコイツがあまりに予想外な反応を返すものだから何だか俺まで恥ずかしくなる。くそ、調子が狂う。


「何急に大人しくなってんだよ」

「だって、相手はシカマルと言えど男の子と相合い傘なんて初めてだから」

「悪かったな俺で」

「うん」


フォロー無しかよ。やっぱりコイツはコイツだったみたいだ。喋りだしたことでいつもの調子が戻ったらしい。ちょっとほっとした。


「でもさ、」


しかし、ほっとしたのも束の間。


「これがきっかけで恋に落ちちゃったりしてね」

「そんなこ、と…―――」


あるわけない、と言おうとしたはずなのに言葉は続かなかった。弱い雨の音が静かに空間を切り取る傘の下、初めて見るその表情にどうしようもなく胸が騒いだ。





薄く色付く頬、はにかむ笑顔




「あれ、落ちちゃった?」

「うっせ」

「否定しないの?」

「……んなわけあるか」

「遅いんですけど、顔赤いし」

「お前のが移ったんだよ」








※元拍手お礼文
20100610〜20100720




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