貴重な昼休みを職員室なんて窮屈な空間で過ごすのは御免だった。休み時間なのに煙草が吸えないのはヘビースモーカーの俺にはとんだ拷問だ。本当ならここ、教科準備室も禁煙なのだが幸いなことに同じ教科の教師は話の分かる人たちばかりで、部屋に煙草を吸った形跡をを残さないことを条件に喫煙を許可してくれた。

窓際に座り、少しだけ窓を開けて煙草に火をつける。いい天気だなんてぼんやり思いながら深く吸い込んだ煙を吐き出した。

「アースマっ」
「っ!」

自分以外誰もいないはずの部屋で突如としてかけられた声に肩を揺らせば、くすくすと小さな笑い声。
振り向けば笑い声の主は制服姿の見慣れた女生徒だった。

「おどかすなよ」
「やーい、アスマのビビり」
「…お前なぁ、ったく」

仮にも俺は教師で、コイツは生徒であったはずだ。思わずもれたため息に目の前の女生徒は首を傾げる。

「“先生”はどうした“先生”は」そう言ってコツンと形の良いおでこを小突けば、女生徒はそうだったと自分のおでこを抑えて笑った。

「で、俺に何か用か?」
「そうそう、アスマさぁ……あっ」

慌てて口を抑えるしぐさが妙に幼くて今度は俺が笑った。
本当は俺自身、呼び方なんてモンはどうでもいい。ただ、教師という職業に就いてる以上それを簡単に生徒に許してはいけないというだけの事で。寧ろこの子に限ってなら本望だ。

「ま、他に誰もいないからな」

今だけは大目にみてやる。そう言うや否や、やったと両手を上げて喜ぶ女生徒が可愛くて愛しくて仕方がないだなんてことは誰にも言えない。特に銀髪の同僚には口が裂けても、だ。知られればロリコンだの何だのっていいネタにされるのが目に見えている。
(問題はそこではないのに、だ)

「アスマ、アスマ、アスマ」
「何だよ」
「いや、せっかく許可貰ったから」


「……、…――ぶはっ」


堪えきれず吹き出してしまった。その拍子に煙草を落としそうになり、慌てて灰皿に火を押しつける。その間も笑いが止まらない俺を、何よと膨れっ面で見下ろすその顔は少し照れているようでもあった。参ったな、こりゃ。

「悪い悪い、」

ぐいっと華奢な体を抱き寄せ、そのまま腰に両腕を回せば、頭上からおろおろとした声が聞こえる。そりゃそうだ。

「お前があんまりにも可愛くてな」
「な、な、な……っ」

ぱしっぱしっと遠慮がちに肩を叩かれ、離せと無言の催促。それを無視し、大人しくしとけと更に強く抱きしめれば肩を叩いていた小さな手は少し迷ってからおずおずと両肩に置かれた。それがまた可愛くて笑いがもれる。

「いい子だ」

とんでもないことをしてしいると思う反面、このまま離したくないなんて思ってる自分もいて。幸か不幸か女生徒も嫌がっているようには見えない。
顔を上げて視線を合わせる。顔を真っ赤にしながらも視線は逸らされなかった。

そして昼休みの終わりを告げる鐘がなる。無意識に視線を時計に向ければ確かに昼休みは終わり、午後の授業が始まる時間だった。

「チャイム、鳴ったよ…」

きゅ、と肩に置かれた手に少しだけ力が加わり視線を戻す。少し顰められている眉から俺は何を読み取ればいいのだろうか。

「一時間くらいサボったって平気だろ」
「それ、先生の台詞じゃないし」

より一層顰められた眉に自分は何か不味いことを言ってしまったかと、彼女の様子を伺う。

しかし女生徒の表情はすぐに緩んで、その口から発された言葉に俺は間抜けた面を晒すことになる。







そんなとこが




ガキじゃあるまいし、そんな言葉に動揺するなんてどうかしてると思った。


「生意気言いやがって」


言葉とは裏腹に緩んで仕方ない顔を引き締めるのはどうやら難しい。





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