「こんな時間に何してんすか」


待機所の大きな共有の休憩室。電気も点けずに窓の外をじっと見つめている人影に声を掛ける。ゆらゆら立ち上る紫煙が月の光に照らされて妖しげな雰囲気を醸し出す中、その人物はゆっくりと視線だけを俺に寄越した。



「―あぁ、シカマルか」



こんな時間にどうした?と、自分がしたのと全く同じ質問を返されて思わず笑いが漏れた。俺が聞いてるんすけど。そう返せば、その人物も悪い悪いと言いながら少しも悪びれる様子なく笑い声を上げた。



「で、何してたんすか」

「月見してた」

「わざわざこんなトコで?」

「あたしの部屋より良く見えんだよ」



再び窓の外に向けられる視線。手に持っていた煙草でホラ、と月を指す。促されるまま隣に並び月を見上げた。そこにはまん丸の見事な満月が浮かび、眠りに就いた木の葉の里を淡く照らし出している。明るい夜だった。



「きれいだろ」

「そっすね…」



隣で同じように月を見上げる横顔を盗み見た。慣れた手つきで煙草を口にくわえ、煙を吸い込み、そして吐き出す。ゆったりとした一連の動作はあまりに魅惑的で密かに見惚れた。



「――先輩、」

「ん?」

「俺、今日誕生日だったんすよね」



既に午前12時を回っているのだから正確には昨日だけど。へぇ、適当な相槌と共に月から自分に移された視線に息を飲む。少し細められた瞳は全てを見透かすように俺の目を見詰めていた。緩く弧を描く唇は俺の表情から何かを読み取った故か。相変わらず緩慢な動作で手に持っていた煙草を灰皿に押し付けると、俺に向かい会うように向き直り腕を組んだ。



「…で?あたしにどうしろって?」

「何か貰えません?」

「何が欲しいんだよ」

「そうっすね、例えば…」



 ――これ、とか。

滑らかな頬にそっと自分の手を添え、その唇を親指でなぞる。眉を一つ動かさず、余裕の表情を浮かべたままの先輩。対照的に、仕掛けた俺自身は今にも震え出しそうな指先をぐっと堪えて必死に虚勢を張っている状態だ。



「ませガキが」



ふ、と表情を崩したかと思えば頬に添えた手に手が重なりそっと肌から剥がされた。掴まれたままの右手が熱い。心臓はうるさく騒ぎ立てていて相手に聞こえやしないかと心配になる程だ。唇が触れそうなくらい顔が近付いてきて、先ほど自分がしたように唇をなぞられればぞくりとした何かが背筋を走る。



「お望み通り、くれてやるよ」


「…!」



――がぶり。
次の瞬間には唇に噛み付かれていた。キスなんて生易しいものじゃない。驚いた拍子に僅かに開いた隙間からぬるりと暖かい舌が入り込み俺のそれを絡めとる。逃げても逃げても執拗に追いかけ回されて早くも息が上がりはじめた。



「…ん…っ」



ざらざらとした感触を押し付けるように上顎を舐め挙げられれば鼻の奥から抜けるように甘ったるい声が漏れて。慌てて口を押さえようとしたが、手を動かすよりも早く乱暴に窓に身体を押し付けられそれさえも叶わなかった。にやりと明らかにこの状況を楽しんでいる表情が月明かりに露になる。



「…っはぁ…、っ(やべぇ、息が…)」



一向にゆるまない勢いに目眩すら覚え始めた頃、やっと唇を解放された。名残惜しそうにゆっくりと離れていく唇はもうどちらのとも分からない唾液で濡れててらてらと光っている。唇と同時に押さえ付けられていた腕も解放され力無くずるずるとその場にしゃがみこんだ。浅い呼吸を繰り返す俺にこれしきで情けねえなと笑い声が降ってくる。



「ったく、あんたの肺活量どうなってんすか」

「もっかい試すか?」

「…勘弁してください」





返り討ち
大人をからかうからそういう目にあうんだ。覚えとけ。




「あ、そうだ…誕生日おめでとう。」

「………うす」






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