project by 10000




“君さえ居れば他には何もいらない”


“愛してるよ”



液晶の中の気障な男が、抱き締めている女の耳元で歯の浮くような台詞を囁く。聞いているだけで全身がむず痒くなって思わず眉間にしわが寄った。耐えきれず画面から視線を外し、隣で同じ画面を観ている彼女を盗み見る。



「………、」



うっとり、というのは正にこんな表情のことを言うのだと思った。ソファの上で三角座りをし、胸に抱えたクッションに顎を乗せて画面を見つめている彼女、ナナ。

正直言えば自分じゃない男の言葉にそんな顔を見せる彼女は嫌だった。だけどそれ以上に嫌だったのはたかが映画のワンシーンに嫉妬している自分自身だ。

この先を観る気がしなくて、気付かれないように溜め息を吐いてソファの背もたれに身体ごと頭を預ける。それから数分後、映画のエンドロールが流れ始めると、この映画良かったねと彼女が振り向いた。



「一度でいいからあんなこと言われてみたいなぁ」



天井だけだった俺の視界にそんなことを言いながらナナが割り込んでくる。



「素であんなん言えんのゲンマさんくらいだろ」


「ふふっ、確かに」


じゃあゲンマさんに言ってもらおうかなー、なんて笑えない冗談を言うナナに冷たい視線を向ける。



「そんな怖い顔しないでよ、シカマル。冗談に決まってるでしょ」


「ばーか、当たり前だ」



ソファから上体を起こし、両手でわしゃわしゃと柔らかい髪を掻き回す。きゃーとか言って俺の手をどかそうとするナナは何だか楽しそうだ。そのまま調子に乗って脇腹も擽ってみた。やめて死ぬ!と笑いながら本気で暴れるナナ。

そんな風にじゃれ合っているうちに体勢を崩し、腰かけていたソファに二人して倒れ込んだ。しかも俺がナナに覆い被さる形で。

視線がぶつかって、一瞬の沈黙。それを先に破ったのは彼女だった。



「――でも、やっぱり…
たまには愛を囁かれたいなぁ」



にこりと笑って期待を込めた眼差しを向けられれば、自然と頬がひきつるのがわかった。



「愛を、ねぇ…」



ソファに座り直し頬をかく。その期待に応えてやりたいと思わなくもないが、どう考えても柄じゃないし気色悪ィ。第一あんな歯の浮くような台詞はどんなに頭を働かせても一つも思い浮かばなかった。



「まだー?」



俺に続いて起き上がり、顔を覗き込んでくるナナ。その眼差しはもはや期待と言うよりはからかいに近い。

はぁ…ばかばかしい。
めんどくせぇことしちまった。どうせ考えついた所でそんな恥ずかしい言葉を口にするつもりはさらさら無いのだから考えるだけ無駄だったのに。



「ねぇ、シカ―――」



言葉の続きは飲み込んでやった。
ソファにぺたんと置かれているナナの手を上から握り、薄く開いている唇に自分の唇を重ねる。

閉じた瞼に瞬きを繰り返すナナの睫毛があたってくすぐったかった。






俺にはこれが精一杯なんだけど、





「これじゃ足んねぇの?」

「う…っ!」

「言葉にしなきゃ伝わんねぇ?」

「うぅ…っ!
し、シカマルもなかなか気障だよね…」

「…そりゃどーも」





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