project by 10000




「……なぁ、」


他愛のない話で笑い合った後に訪れた静寂。決して居心地の悪いものではないそれをお互いが慣れた風にやり過ごす。部屋の真ん中のテーブルの上、無造作に置かれた雑誌のページを適当にめくっていると不意にシカマルが口を開いた。


「好きだっつったら、お前どうする」


突然のそんな問いかけに雑誌から目を離しシカマルに視線を向ける。言った本人はわたしの捲ったページから目を離さなかった。


「…何を?」

「お前を」


やっとわたしに向けられた鋭い双眸はいつになく真面目な色を浮かべて、わたしの目をじっと見つめてくる。


「やだなぁ、冗談――」

「冗談じゃねぇよ」

「…うそ」

「嘘でもねぇ」


はっきりとそう言い切られて、思わず目線をさ迷わせた。シカマルの言葉が持つその意味を理解したくなくて強制的に会話を打ち切る。


「そろそろ、帰ろう、かな…」


さっきの空気と一変した居心地の悪さに耐えきれず、何も聞かなかったことにしてこの場から逃げることを選んだ。

立ち上がろうと床についた左手にシカマルの右手が重なる。

何?と開きかけた唇は言葉を音にする間もなく塞がれて。


「…―――っ」


真っ白になった頭がキスという二文字に辿り着くまでに数秒を要した。そして、辿り着いたと同時に部屋に響く乾いた衝撃音。


「…ってぇ」


じんと掌に走る鈍い感覚と、頬を押さえているシカマル。思わず叩いてしまった事実に多少怯みはしたが、勢いに任せて部屋を飛び出した。



* * *



誰もいない夜の公園。冷たくなったベンチに腰掛け、指でそっと自分の唇をなぞる。脳裏に浮かんだシカマルの表情もまだ残る唇の感触もじわじわと込み上げてくる感情も、全部を振り払うように頭を左右に揺らした。


シカマルとは元々親同士が仲が良かったこともあり、アカデミーに入るよりももっと前からの付き合いだ。所謂幼なじみってやつ。毎日遊んでいたあの頃に比べれば会う回数も交わす言葉の数も減ってはいるけれど、他の友達とは明らかに違う親近感は変わらずにある。

幼なじみ、なんて実際はどうしようもなくぬるくて不確かで曖昧な関係なのだけれど、だからこそそこが一番居心地が良く面倒くさがりな二人にとってベストな距離なんだと思っていた。


それ以下でもそれ以上でもない、幼なじみ。


そう思っていたはずなのに――



「ナナ」

「!」


もう何年も前から聞き慣れた声で名前を呼ばれ一気に現実に引き戻される。気付けば正面にシカマルが立っていた。


「…突然あんなことして悪かった」


顔を上げられないまま、頭上から降ってくる言葉に耳を傾けた。



「でも、よ…」

お前が好きだって言ったのは冗談でも嘘でもねぇから。それは信じろよ。



夜風に溶け込むように優しい声。けれどしっかり耳に届いた言葉はぎゅうぎゅうとわたしの心を締め付ける。

なかなか出てくれない声の代わりに、小さく頷いて返した。



「じゃあ、帰ろうぜ」


送ってく、と差し出された右手に正直戸惑った。が、少し迷ってからそっとその手を取った。遠慮がちに弱々しく手が握られて、そこであることに気付く。


シカマルの手は小さく震えていた。



「――シカ、マル…?」



声を掛ければわたしに背を向け、ばつが悪そうに空いているもう片方の手でがしがしと頭をかいた。



「しょうがねェだろ、」

俺が悪いのはわかってっけど、お前に二度も拒絶されたら俺は死ぬ。



らしくないその言葉にぽかんとしていると「行くぞ」と少し強引に手を引かれ、二・三歩よろけた。

そして、今度はわたしが手を引いてシカマルの足を止める。


「…どうした?」

「シカマル、……さっきも今と同じ様に怖かった?」


振り向いたシカマルに、繋いだ手をぼんやり見つめたまま聞いてみた。何だよ、藪から棒に。少しだけ笑いの混じった声。


「怖かったに決まってんだろ」


ずっと当たり前だった関係を変えてしまうかもしれない言葉。怖くない訳ない。そんなシカマルの覚悟を自分勝手に無かったことにしてしてしまった事にずきりと胸が痛んだ。


「でも、お前が他のヤツんとこ行っちまう方が俺は怖かったからよ」

知らないだろうけど、お前結構モテんだぜ?


続けられた言葉に思わず顔を上げると、困ったように笑うシカマルと目が合った。くしゃりと頭を撫でられれば強ばっていた気持ちも少しずつ解れて、自然と表情も柔らかくなったような気がした。


「ダセェけど、焦ってたのかもな」


じわじわと胸の奥から広がる暖かさに、無理矢理仕舞い込んだ感情が溶けだしていてもたってもいられなくなる。


そっとシカマルの頬に触れた。


「――ナナ…?」


切な気に寄せられた眉に愛おしさが込み上げる。


「さっきは、叩いてごめん…」

「俺の自業自得だろ」

「あのね、」


今になるまで動けなかった自分の狡さに呆れつつ、シカマルの唇に自分のそれを重ね合わせた。




「わたしもシカマルが好き」




目を丸くして固まったシカマルに、数秒後痛い程抱きしめられた。









(シカマル、痛いよ)
(わり…もうちょい我慢して)









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