「……ロー?」


 ぎゅう。
 突如腰に巻き付けられたのはベッドに腰かけていた彼の両腕。鳩尾の辺りに埋められたのは数秒前までは不機嫌いっぱいだった彼の顔面。今はもう彼の旋毛しか見えないので現在その表情は窺えない。
 一体全体どうしたというのか。普段のローからはとても想像のつかない行動にわたしはただ立ち尽くして様子を見守る事しか出来ないでいる。


「……」
「どうかしたの?」


 小さな子供に話しかけるような調子になってしまったのは無意識だ。今のローはそれだけ弱々しくて無防備でどうにも頼りない。
 やり場に困っていた自分の手で遠慮がちに形のいいその頭を撫でてみる。すると微動だにしなかった彼がぴくりと反応を見せた。さすがに子供扱いし過ぎただろうか。しかし、何の抵抗も見せないのをいいことにわたしは暫くそのままローの頭を撫で続けた。


「…ナナ、」


 やがてぽつりと、うっかりしていたら聞き逃してしまいそうな声で自分の名前を呼ばれて頭を撫でていた手を止める。体を離してローと向き合うつもりが、そのままグッと腕に力を込められてしまった為にそれは叶わなかった。
 そして。わたしの腹部に顔を埋めたまま弱々しい声で彼は確かにこう言った。――俺はお前が嫌いだ――と。
 暫く彼の旋毛を眺めながらその意味を考え、そして考えるまでもなかったと一度は止めた手で再び頭を撫で始める。それに少し遅れてローもぽつりぽつりと不満を吐き出し始めた。

弱いくせに一丁前に仲間の心配ばっかしやがって何の考えも持たずに敵前に飛び出す。船長である俺の命令なんざまるできこうとしねェ…。俺はそういう、考え無しで周りに迷惑ばっかかける馬鹿が嫌いなんだ。お前が俺を庇うなんざ100万年早ぇ。俺を誰だと思っていやがる。それとも馬鹿にしてんのか?殺すぞ。

 並べられた言葉こそ乱暴ではあるものの、その声は相変わらず力無い。これが残虐非道で名の通った男の出す声なのか。不謹慎にも緩んでしまいそうになる頬を必死に引き締める。


「ごめん」

「ごめん?…そんなたった3文字で許してもらえると思ってるのか?」


 冗談じゃねぇ。弱々しいその声に対してわたしは何も返すことが出来ず、ただひたすら彼の頭を撫で続けた。だって、もうしないと約束は出来ないから。
 わたしは、仲間が、ローが、大切な人達が傷付くのを見たくないのだ。自分が強いだなんて微塵も思ってない。むしろその逆だ。わたしは自分が弱くて狡い人間であると知っている。自分の大切な人が傷付く事に、もしかしたらそれによって居なくなってしまう事に、きっとわたしは耐えられない。だからあの行動はある種の自己防衛本能みたいなものなんだと思う。
 一通り不満を吐き出し終えたのか、薄暗い部屋は沈黙に包まれていた。そしてその沈黙を先に破ったのはローだ。


「…お前が目を覚ますまでの3日間、俺は生きた心地がしなかった」


 心配してくれた嬉しさと心配をかけてしまった申し訳無い気持ちとがぶつかり合って複雑な心境だ。しかし、震える声に、強められた腕の力に、結局わたしは謝ることでしか応える事が出来ないのだった。




ごめんね







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