ずぷり。
「――――――ッ!」
自分の腹から突き出た真っ赤な液体のついた細長い何か。
見覚えのあるそれが刀身だと理解するまでに数秒。
やっと痛みを感じ始めた頃、腹から刀身が引き抜かれ、貫かれた穴からは止めどなく血液が流れ出る。どくどく、正しくそんな擬音が聞こえてきそうな程に。
腹に出来た傷口は痛い、というよりはまるでそこがじりじりと灼けているかのように熱かった。
それまで敵の血でべったりだったわたしの手が、今度は自分の血に染まる。
霞んできた目で手に付着した血液をぼんやり眺めていると、また違う方向からざくり。
今度は足を切りつけられた。
自分の体重を支えることの出来なくなった役立たずな足のせいで、わたしの体はぐしゃりと地面に崩れ落ちる。あーあ。
「せいぜい苦しんで死にな」
ぎゃははと下品な笑い声を上げる男たちを睨み上げれば、そのうちの数人は怯んで一歩後ずさった。
いくら数が圧倒的だったとは言え、こんな雑魚共に負けたなんて自分が情けなくて仕方ない。
――こんな奴らに殺されるくらいなら、もういっそ自ら死んでしまおうか。
そんな考えが脳裏に浮かんだ頃、聞き覚えのある足音が顔のすぐ下のアスファルトを伝って耳に届く。コツ、コツ…徐々に大きくなる足音に自分の悪運も捨てたもんじゃないと溜め息を吐いた。
「逃げた方が、いいですよ…」
「あぁ?今更下手な命乞いはやめろ」
「…わたしは――」
――忠告しましたからね。
言い終わる前に男の首が一瞬胴から浮いて、ごとん、と地面に落ちる。
目の前に転がって来た男の生首は無声で何か呟いてすぐに動かなくなった。
「姿が見えないと思ったら、こんなとこでくたばっていやがったのか」
わたしの目の前で止まった足は、まるで道ばたの石ころでもどけるかのように何の躊躇いもなく男の首を転がす。
その非情な足を辿れば、明らかに怒気を含んだ無表情の船長がわたしを見下ろしていた。
「…やだ、なぁ…けほっ……まだ、生きてます、よぉ…」
「随分苦しそうだな」
「苦しいです、よ…とても。早く、何とか…っ…してくだ、さい…」
「少し、待ってろ」
言って船長はわたしに背を向けると、青ざめている男達の胸に、生首の彼から奪った刀で一つずつ穴をあけていく。的確に。いとも簡単に。何の躊躇いも無く。
胸…正確には肺に穴をあけられた男達はヒューヒューと吸っても吸っても漏れていく空気に苦しみ悶えて地面をのたうち回る。
苦しみのあまりかきむしられた喉には血が滲み、尚も続けられるその行為に喉の皮膚は今にも裂けてしまいそうだ。
地獄があるなら多分、こんな感じ。
数分前までぐるりとわたしを囲んでいた人間は今はもう誰一人として立ってはいない。
「おい、生きてるか?」
まるで何事もなかったかのように戻ってきた船長は地面に転がるわたしを爪先でつっ突きながらいつものトーンで話かけてきた。
「…はい、なん…とか……」
…ちょっと眠いですけど。寝たら殺すぞ。そんな会話をしながら船長はわたしを抱き上げる。乱暴な言葉とは裏腹に、壊れモノを扱うようにそっと。
「……、重てェ」
「なか、み、は…ッ…大分減ってるハズ、なんですけどねぇ…?」
「……」
睨まれた。
へらり、笑って誤魔化す。
下から聞こえる苦しそうな呻き声にちらりと目線だけを向ければ、そこには相も変わらず地獄が広がっているわけで。
「…………、」
この人達はあとどのくらい苦しんだら楽になれるんですか?ぼんやりと地獄を眺めながら聞いてみる。
「あ?」
地面に転がる男達を鬱陶しそうに避けながら、船長は酷く面倒くさそうにわたしの質問に答えた。
「15分だ」
「15分間後悔と苦しみに喘ぎ地獄をさ迷い、そして死ぬ」
「――15分も、ですか…」
所詮は他人ごと。増してや自分が敵対していた者のこと。それでも哀れだと思える程に悲惨な情景。
「お前のせいでな」
それは私のせいだと船長は言った。
「わた、し…?」
「あぁ」
どろりと甘い
血塗れた唇は緩く弧を描く。
「お前がこんな姿にさえなってなけりゃ、もっと楽に死なせてやったさ」
title:空を飛ぶ5つの方法