「…――、――」
傘に落ちる雨粒はばたばたと音を立て隣でわたしのよりも少し大きな傘をさしている男の声をかき消した。
「…何か言った?」
「何も言ってねぇ」
何の躊躇いも無く、すぐに返ってきた言葉を聞いて足を止める。
「うそつき」
降りしきる雨には負けない程度に大きな声を出したら男も数歩遅れて立ち止まり後ろを振り返った。こんな雨の日でも決してくすむことのない赤色が何故だかやけに眩しい。
「あ?」
短い音を発した男は軽く顎を上げ、顎越しにわたしを見下す。しかしその視線に嫌みは無く、むしろ暖かささえ感じ取れるのだから不思議だった。
「無かったことに、しないでよ」
でも、だからこそ、そんな視線が何だかもどかしくて。その視線の意味をちゃんと言葉にしてほしい、だなんて思ったりして。意外に恋する乙女みたいな感情を持っていた自分に驚いた。
「なら初めから聞こえない振りなんかすんじゃねぇ」
何だバレていたのか。そうだ。本当は男の声は雨音にかき消されてなどいなかった。しっかりと、一文字も漏らすことなく全ての音がわたしの耳に届いていたのだ。
「だってもう一回聞きたかったんだもん」
ふてくされた子供のような言葉を吐いて男の足元に視線を落とす。雨に濡れたズボンの裾が少しずつ色を変えていくのを見ていた。すると突然その足が水たまりを蹴り上げたではないか。ぱしゃっ、蹴り上げられた水たまりは水の粒となってわたしのスカートを濡らし、そしてやはり濡れた部分は色を変えていく。
「今度こそちゃんと聞きやがれ」
強気な命令口調に顔を上げると、顎越しにわたしを見下ろしたままの体勢で口端を吊り上げて何とも偉そうにそして堂々と言ってのけたのだ。
雨の中の赤色
(お前が好きだっつったんだ)