そいつが体育館に現れると館内には一斉に女子の黄色い声があがる。真夏の蝉よりもうっとうしいそれに内心ばかじゃないのと悪態をついた。
「ナナ、顔」
頭上から降ってきた声にボールを磨いていた手を止める。顔をあげれば岩泉が真顔で立っていた。
「こわっ」
「こっちの台詞だっつーの!」
岩泉が言うには不快感が表情全面に現れていたとのこと。前にも似たようなこと言われた気がするなぁなんて考えながらボール磨きを再開する。
「気持ちはわかるがいい加減慣れろ」
「むり」
「即答かよ」
「だって耳割れそう」
耳?頭じゃなくて?なんてどうでもいいことを聞き返してくる岩泉は真顔だった。あほだと思った。かわいい。
岩泉のおかげでだいぶ怒りのおさまったわたしだったが、それをむし返すのはやはりこ男なのである。
「二人で何話してーんの?」
「出たな蝉王子」
「なにそれキモい!」
「キモいお前にぴったりだぞ」
「岩ちゃんヒドイ!!」
しかし蝉王子こと及川は岩泉にそんなことは言われ慣れているので(たぶん女子の黄色い声と同じくらい慣れてる)すぐにけろりとした顔で「で?何話してたの?」なんて聞いてくるから腹立たしい。
「あいつらのせいで頭が割れそうなんだと」
「耳だってば」
「つまり、ナナちゃんはあの子達に嫉妬をしてると」
「役に立たない耳なら引きちぎってやろうか」
「なにこの子こわい!」
ばばっと179センチの後ろに隠れる184センチ。隠れきれてない。
「ナナ、てめぇ今何考えた」
「別になにも」
スッと視線を逸らせば何やらぎゃんぎゃん吠えられたが可愛いから気にしない。
「ナナちゃんは怖い顔してるより笑ってる時のほうが可愛いよ?」
「あたしがいつお前に笑顔見せた」
「はっ、言われてみれば見たことないかも…ね、岩ちゃん」
「俺は見たことある」
「えぇっ!?」
なんでなんでと耳元で騒ぎだした及川をうるせぇ!とどつく岩泉。及川に笑顔見せるくらいならその辺のお地蔵様に微笑みかけるわ。
二人が言い合ってるうちにうっかり止めてしまっていた手を再び動かし始める。3つ程ボールを磨きあげたところで及川に名前を呼ばれた。
「ナナちゃんさぁ、こんなに素敵な俺の何がそんなに嫌なのさ」
「バレー技術以外の全部」
「いっそ全部って言いきってもらったほうが傷は浅かった」
「ざまぁねぇな」
「岩ちゃん……」
ヒドイまで言い切れなかった及川ががくりとうなだれる。それを尻目にひたすらボールを磨き続けた。あと5つ。
「そもそもあんたより岩泉の方がずっとかっこいいし可愛いのよ」
「は?」
「えぇ!?そんなことないよ!」
「ある」
「ないないない!!」
「あるったらある!」
待て、と静かに動揺してるかわいい岩泉を無視してここぞとばかりにその魅力を及川に説く。一切それを受け入れようとしない184 センチ蝉王子との攻防は続く。もちろんボールを磨く手は止めない。
「ナナやめろ、そろそろ俺がつらい」
「なんでよ、自信持ってよ」
「俺の方がかっこいいよね、岩ちゃん」
「お前に言われると腹立つんだよ!」
「痛いっ!」
やっと磨き終えた最後のボールは岩泉によって及川に投げつけられてしまった。せっかく綺麗に磨いたのに。
「おら、練習始めんぞ!午後から練習試合もあんだからな」
「そうだね、今日こそ絶対ナナちゃんに徹くんかっこいいって思わせてあげるよ」
最後のひとつだったボールを念入りに磨きなおすわたしにビシッと右手人差し指を向けて宣言してくる及川。恥ずかしいやつ。
裏の裏はやっぱり裏でした
思ってるよ毎回、とは死んでも言ってやらない。
「…てか岩泉、とおる君て誰」
「知らね」
「ねぇ、そろそろ泣くよ!?」
「みーんみーん?」
「…ぶはっ」
「笑うな金田一!」