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 コンコンと玄関のドアが鳴って、ドアを開けるとアスマが立っていた。何の前触れもなく現れた恋人に数回瞬きを繰り返し固まっていると、寒いから早く中に入れてくれと言われハッとして彼を部屋へ通した。

 慣れた風にソファーに座るアスマにコーヒーを出して隣に腰かける。土産だと渡された袋の中身は任務先の名物と言われる珍しいお菓子。早速それを開けさせて頂いて二週間に渡る里外任務の話を詳しく聞かされた。どうやら過酷な任務ではなかったらしく半ば観光気分で二週間を過ごしたらしい。



「さて、と…」



 ギシ、とアスマが手を着いたことで小さく鳴ったソファーの音に身体が過剰に反応する。少し早まる鼓動に顔も強ばった。来る、そう思った次の瞬間。アスマは立ち上がりトイレへと歩いて行ってしまった。

 肩透かしを食らったわたしはソファーに深く凭れてため息を一つ吐き出した。触れたい触れられたいと、そう思っているのはわたしだけなんだろうか。

 もう一度小さくため息をついた時、ふと目に付いたアスマの煙草とライター。



「………」



 少し考えて机のそれらに手を伸ばしまじまじと見つめる。するとトイレの水を流す音が聞こえてきたので慌ててその二つをクッションの下に突っ込んだ。そしてトイレから帰ってきたアスマは再び隣に腰を下ろす。



「で、お前はこの二週間どう過ごしてた」

「…別に普通。一回シズネさんと飲みに行ったくらいかなぁ…」

「へぇ?どんなこと話したんだ?」

「綱手さまの人使いの荒らさとか、酒癖の悪さとか運の無さとかあの乳についてとか」



 そう答えれば、お前らは本当に綱手さまが好きだなと笑われた。そりゃあ全くノ一憧れの女性ですから。あとはやっぱり女同士なので恋愛の話とかもするけど、それは内緒にしておく。

 それよりも、そんなことよりも。いつになったらアスマはわたしに触れてくれるんだろう。彼が来た頃は一番高い所にあった太陽はもう大部傾いて、部屋の中を淡いオレンジ色に染め上げている。

 ちらりとアスマを盗み見れば、盗み見たつもりがばっちりと視線がかち合ってしまった。何だか気まずくて反射的に目を反らす。直後くっと喉を鳴らして笑うのが聞こえて恥ずかしくなった。

 それを誤魔化すためコーヒーでも淹れ直そうと立ち上がった所で、グイと腕を引かれてバランスを崩す。しりもちをついた先はアスマの膝の上。



「よっぽど俺がいなくて寂しかったみたいだな」

「……ちょっとだけ、ね」

「ご丁寧に煙草まで隠しやがって」

「…やっぱり、バレてた?」

「あぁ」



 そりゃあテーブルの上に堂々と置かれていたものが突然無くなれば誰だって気付くだろう。そこまで小さいものでもない訳だし。



「お陰で何だかずっと口寂しくてなぁ」



 そう言いながら私の唇をなぞるアスマの太い指にぞくり、背筋が震えた。途端に顔に熱が集まり、自分でもとろんと瞳が潤むのを感じた程だ。もう一度低い声で名前を呼ばれれば、更に糖度を増したアスマのその声に脳内は痺れて身体からは力が抜ける。

 こんな至近距離で視線は絡み合っているというのに、それだけだった。アスマはそれ以上の行動を起こそうとはしない。



「いじわる…」

「…さぁ、何のことだかな」



 私のして欲しい事なんかとっくのとうに気付いている筈なのに、尚もシラを切るつもりらしい。本当に意地が悪い。

 そんなアスマの思い通りになるのは悔しいと思いながらも、我慢のきかなかった私は自分の唇をアスマの唇に押し付けた。





ゼロになる
君がいなかった時間も距離も


(おかえり)
(ただいま)






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