「レイリーさんはいつからコレ掛けてるの?」
「さぁ、いつだったかな」
わたしとレイリーさんの視線が交わるのを遮る透明なレンズを指さす。恐らく老眼鏡であるそれの奥で二つの瞳が優しく弧を描いた。目尻に寄る皺が、白くなった頭髪が、にわかには信じがたい彼の老いを物語る。
小さな円形のテーブルに向かい合う形で置かれている椅子に座るわたし達、他人の目から見て二人は一体どういう風に映るのだろうか。親子か、下手をすれば祖父と孫か。もっともレイリーさんは子を持つ親ってガラじゃあないから親類には見られないかもしれない。
じゃあ、それなら、一体わたし達はどう見られてる?
―――コイビト?
ふとそんな文字が頭に浮かんで、そしてすぐ消えた。さすがにそれはないか。いいとこ冴えない娼婦と客といったところだろう。まぁ、あながち間違いでもないのだけど。ただわたし自身娼婦になったつもりはないし、レイリーさん以外の男なんかお断りだ。
小さく息を吐いてもう大分薄まってしまったであろうアイスティーを一口、喉へと流し込む。
「君はわたしと居るとため息ばかりついているな」
「そう?」
「あぁ。やっぱり老いぼれの相手は退屈かね?」
「ううん…ただ、」
会えば会う程に、彼を好きになればなる程に、二人の間にある埋めようのない距離を思い知らされる気がして。
そんなふうに言えたら、何か変わるのかな。変わるにしても変わらないにしても、きっとレイリーさんは困ったように笑うのだろう。
「…やっぱいいや」
「なんだ、そこまで言っておいて」
そう言いつつ、それ以上は何も聞いてこないレイリーさんは優しい。
…いや。もしかしたら聞く必要が無いだけかもしれない。本当はわたしの気持ちなんかとっくに気付いているのかもしれない。レイリーさんなら小娘の心一つ見透かすくらい造作も無い事だろう。
だとしたら、彼は酷い男だ。
「そんなことよりレイリーさん、ちょっとだけわたしにも眼鏡かけさせて」
「ん?別に構わないが…」
不思議そうな表情を浮かべるレイリーさんに軽くお礼を言って早速眼鏡を拝借。じっとわたしを見つめるレイリーさんの瞳は穏やかだけど、その奥で不自然なわたしの行動の真意を掴もうとしているようにも見える。
構わず眼鏡を掛けると視界は見事にぐにゃりと歪んだ。目に映る全ての物の輪郭が曖昧になる。
はっきりした形で捉えたくて目を細めてみてもあまり変化は無く、それでも尚粘っていたらレイリーさんの笑い声が聞こえてきた。
「君にはまだ必要無いだろう」
「うー…そうみたい」
眼鏡をはずし、レイリーさんに返す。
少しでもレイリーさんに近づきたくて、もっと知りたくて、強いお酒にも挑戦したし、同じ本も読んでみた。今回もそんな気持ちで眼鏡を借りたのだけど、同じレンズを通したところでわたしにはまだ同じ世界は見えないらしい。
生きてきた年数が違いすぎるし、普通の人じゃ経験出来ないような事だってレイリーさんは経験してきた。わたしのような小娘には到底想像もつかないような経験を。
「残念、それかけたら少しはレイリーさんと同じ世界が見れると思ったのに」
「…ほぅ?随分と可愛らしい事を言うじゃないか」
唇が緩く弧を描くレイリーさんの表情はどこまでも優しくて、細められた瞳は愛おし気にわたしを映す。他の人には見せないようなそんな表情を向けてもらえるのはすごく嬉しい。でも、同時に複雑な想いも抱えていた。その優しすぎる表情はわたしを子供扱いしている証拠でもあったから。
どんなに背伸びをしてみたところで、どんなに彼を真似てみたところで同等の立場には立てるわけがないのだ。それならもういっそ開き直って、何もわからない子供のふりでもして気持ちを伝えてしまうのがいい。
「…ねぇ レイリーさん、」
頑丈な心でダイブ
あなたの事が好きなんです受け止めてなんてわがままは言わないから、せめてこの気持ちを許してね。提出 >>
Low gun20110505