机に向かい今日の一番隊の分の日誌を書いていると、コンコンと遠慮がちに部屋のドアが叩かれた。ふと時計を見遣れば来訪者が来るにはあまりに非常識な時間。ただ、こんな時間にここを訪れる人物は一人しかいない。ノートを閉じてイスから立ち上がる。


がちゃりとドアを押し開ければ来訪者はその隙間からするりと中へ入り込み、おれの腰に腕を回して胸に顔を埋めた。



「………、」



…取りあえずドアを閉める。それから自分よりも大分低い位置にある旋毛を見つめ、来訪者の少女が何か動きを見せるのを待った。しかし、いくら待てども一向に口を開く気配も体勢を変える気配もない。



「…今日はどうしたんだよい」



諦めて此方からそう訊ねれば細い肩がぴくりと揺れる。腰に回された腕に力が込められた。ゆっくりとおれを見上げる瞳はゆらゆらと不安気に揺れて、睫毛の先はしっとりと濡れている。



「今日は何を泣いてるんだい?」



出来るだけ優しい声で、柔らかい髪を撫でながら答えを促す。こいつがこうやっておれを訪ねてくるのは珍しいことではなかった。



「今日の夕方…敵襲にあった、でしょ?」


「あぁ、あったなァ…」



小さくて弱々しい声を聞き逃してしまわないように全神経を鼓膜に集中させる。



「その時に倒した男がね…最後に、女の人の名前を呟いたの…」



ずっと大きな瞳に溜まっていた涙が一筋、白い頬を伝って床を濡らした。



「殺らなきゃ殺られるんだから男を殺したことには後悔も罪悪感もないよ。…でも、残された女の人の気持ちを考える、と…」



どうしても胸が痛む、と消え入りそうな声で苦し気に呟いて少女は俯いてしまった。ふるふると小刻みに震えるその身体は抱き締めれば脆くも壊れてしまいそうで迂闊に手を出すことも出来ない。優しく髪を撫でてやるしか出来ない自分がひどく歯痒かった。



「マルコ…、マルコは強いから簡単にはやられないって信じてるよ」



少女の言葉に胸が締め付けられる。



「でも、それでも、もし…万が一マルコがやられるようなことがあったら…」



再びおれを見上げた瞳は涙に濡れているものの、まっすぐにおれの目を見つめて逸らそうとしない。



「その時は独りで逝かないで、」


「わたしもちゃんと連れてって」


「独りにしないで…」




ぽろぽろと静かに零れ落ちる透明な滴を指で掬って、額にそっと口付けた。こんな細やかなことしか思い浮かばないけれど、少しでもお前の不安を溶かす手助けになればいい。



「マルコ…約束、して?」


「…あぁ、約束だよい」



不安気な表情に頷いてそう返せば、少女は少しだけ安堵の色を見せた。難しい約束だが、今はその約束を守れるか守れないかは大した問題じゃない。その願いに応えてやるか、やらないか、だ。



「今日は一緒に寝てもいい?」


「お前がそうしたいなら」



こくんと頷いたその頭を軽くもう一撫でして机のスタンドライトを消した。二人で一つのベッドに潜り込むと、少女はすぐにぴたりと身体を寄せてくる。


今でこそこんな風に甘えてくるものの、朝起きればきっとベッドにいるのは自分独りだけ。いつもそうだ。突然ふらりとやってきたかと思えば知らぬうちにいなくなっている。どうにも掴めない。ほんとはいつでも目の届くところに置いておきたいのに。そんなこと言い出せる筈もなく、言ったところで叶うはずもない。自由気ままで気まぐれな猫を一ヶ所に留めておくのは難しい。

だからせめてこうしていられる今だけはこの体温をしっかり感じていたいと、自分に寄り添う小さな身体をそっと腕に閉じ込めた。







願わくば、お前の涙がおれだけのものでありますように。











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2010.9.12

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