*夢主バスケ部員/秀徳三年生設定



あいつは、よく笑う奴だった。

テストの点が悪かったと笑い、友達と馬鹿な話をしては笑い、部活の先輩に褒められたと笑った。真ちゃんがラッキーアイテムだと渡すものがどんなに変なものでも、ありがとうと受け取って持ち歩いていた。その奇妙な光景を笑う俺を、あいつもまた笑っていた。

可愛い女の子に告白されたと嬉しそうに笑いながらも、結局断ってしまったのだと打ち明けられたこともあった。どうしてだと聞いても詳しくは教えてはくれなかった。あの子を俺は幸せにすることは出来ないからと、笑っただけだった。

高校二年の時、あいつの母親が事故で死んだ。父親は既に他界していたため、あいつにとっては、たったひとりの親だった。とてもいい母親で、優しい顔をした人だった。葬式に出た時、あいつは放心した様子で座っていた。何も言わずに隣に座ると、一人になっちゃったなあ、と聞こえるか聞こえないかくらいの声であいつが呟いた。冷たいあいつの手を握ったら、一筋だけ涙を流して、ありがとうと笑った。それが俺の見たあいつの唯一の涙だった。

部活中にあいつが倒れた時、ひどく心配して保健室に駆けつけた俺と真ちゃんに、あいつは迷惑はかけたくなかったんだけど、と困ったように笑った。迷惑などではないと真ちゃんが言ったけど、あいつはその顔を崩そうとはしなかった。

ただ、俺が部活中に倒れた時、あいつは誰よりも先にやってきて、ひどく辛そうな顔をした。初めて見る、顔だった。俺が大丈夫だと笑えば、あいつは泣きそうに顔を歪めて、それでも笑った。見ていて、こちらも悲しくなるような笑顔だった。

部活を引退して、しばらくしてからあいつが学校に来なくなった。担任に入院したと聞かされた。いてもたってもいられなくて、俺と真ちゃんで病院に向かった。あいつは、真っ白い部屋の中で小さく綺麗に笑っていた。

あいつの病気は月日を重ねるごとに酷くなっていき、寝ていることが多くなった。起き上がるための体力はほとんど無くなっていた。口を開くことが少なくなった。それでもあいつは俺たちを見ると笑ってみせた。

どんなに苦しくても、何度も吐いて食べ物も受け付けなくなってやせ細っていっても、あいつは笑うことをやめなかった。それにひどく苛立って、一度だけ、怒鳴ったことがあった。どうして辛い時でも笑うんだ、泣けばいいだろう、もう嫌だって吐き出してしまえばいいだろう、俺たちはそんなに頼りがないのか、と。真ちゃんはそんな俺を見て、それからあいつを見て、下を向いた。あいつは、何も言わずに笑った。

それから数日経ったある日のことだった。あいつが死んでしまったのは。最期に立ち会った俺は馬鹿みたいに泣いて、真ちゃんはただただあいつの名前を呼んで手を握っていた。あいつは、人生の最期の瞬間まで、笑っていた。

あいつがいなくなって、身寄りもなかったあいつの家は、一番仲が良かったとされる俺たちが整理を任された。遺品のひとつも欲しいだろう、との好意だったんだと思う。あいつの家はあいつのもので満たされていて、今にも部屋の奥からいらっしゃいって出てきそうで、でもそんなことは有り得なくて、真ちゃんにバレないように隠れて、また少し泣いた。

真ちゃんがあいつの遺書を見つけたのは日がすっかり暮れた頃だった。俺と、真ちゃんに一通ずつ。それを持って、ひとまず家に帰った。

その手紙には学校であった楽しかった思い出や、部活のこと、俺と真ちゃんと出かけたときのことなんかが書かれていた。日記みたいな気軽さで書かれたそれには、ところどころ丸い皺が出来ていて、ああ、あいつはこの手紙を書きながら泣いたのか、と漠然と思った。

俺が怒鳴った時のことも書いてあった。

高尾がああいうふうに怒ってくれて、本当はすごく嬉しかったんだ、本当は、泣いてしまいたかったから。でも、高尾たちと一緒にいれるのは限られた時間だけだって分かっていたから、その時だけでも楽しく過ごしたかったんだ。高尾の記憶の俺は、きっと19歳になる前に成長が止まってしまうから、少しでも笑顔の俺を多くしておきたかったんだ。もしも高尾が俺を思い出してくれることがあったら、せめて綺麗な思い出でいたいじゃないか。高尾の記憶の俺が泣いてばかりいたら、優しい高尾はきっと自分を責めてしまうだろうから、それが耐えられなかった。高尾は俺を幸せにしてくれたんだ、って伝えたかったんだ。不器用で、ごめんな。俺は、高尾と出会えて本当によかった。

あいつ独特の綺麗な字で書かれた手紙。五枚程度に書き綴られた思いをしまおうと何気なく取り上げた封筒から便箋とは違う小さな紙がひらりと落ちた。

「…んだよ、それ」

すきだよ。だいすき。
おれのこと、わすれないで

震える文字で書かれた、拙い文章は、いとも容易く俺の涙腺を決壊させた。ずるいぜ、それは。俺は、俺はまだ何も伝えていないのに、お前だけ言い逃げかよ。そりゃねーよ、なあ、苗字。


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