*死ネタ/高校卒業済
がたん、がたんとバスが揺れる。外は綺麗に晴れているが、少し肌寒い。田舎行きのバスの客は俺と征十郎の二人だけ。会話はない。あるのは征十郎の左手から俺の右手に伝わる温かいような冷たいような体温と、お互いの静かな息づかいと、耳障りなバスのモーター音。
今日、苗字名前と赤司征十郎は一生を終える。
△▼
バスを降りて、うんと伸びをする。
「本当に誰もいないんだな」
「そういうところを選んだからね」
「ふうん」
ゆったりと歩き出した征十郎の背中を追いかけて、誰もいないのをいいことに、隣に並んで手を繋ぐ。くすりと笑った征十郎の横顔が綺麗だ。
「でも死ぬだけなら家とかでも良かったのに」
「そういう訳にはいかないさ」
「なんで?」
「僕の大切な恋人に他人が好き勝手に触って挙げ句の果てに死因を解明するだとかで解剖されるなんて許されることではないからね、出来るだけ人がいないところがいい」
「相変わらずだな、征十郎は」
「名前限定でね」
「となると、俺たちはもう二度と見つからない可能性があるわけか」
「まあ、そういうことだな」
「うーん…複雑だなあ、なんか」
「嫌かい?」
「全然」
そう、全然、嫌だとか未練があるとか、そういうんじゃない。征十郎と最期を迎えられるなんてこれ以上の幸せはない。ただ、征十郎の綺麗な横顔も、可愛らしい笑顔も、あどけない寝顔も、この先もう見る人は居ないのだと考えると、少しだけ勿体ない気がする。
そういえば、どちらが先に死のうと提案したんだっけ。征十郎が唐突に、一緒に死のうかと持ちかけてきた気がする。征十郎は俺が一緒に死んでくれって言っていたって言いそうだけど。まあそんなことはどうでもいいことだ。だって二人共同じ気持ちだったのだから。
「俺、汚い死に方は嫌だよ」
「安心しろ、それは僕も嫌だ」
「なんか方法があるのかよ」
「凍死なんてどうだい?最初は寒いがある程度我慢すれば眠るように気持ち良く逝けるそうだ」
「腐敗とかは?」
「一定期間経てば腐敗も進むだろうが、僕たちが見つかるとしたら白骨後か風化した後だろうな」
「じゃあ、いいや」
会話が途切れる。征十郎の手が暖かくなってきた。この温もりももうすぐ無くなってしまうのか。
「なあ、名前」
「ん?」
「愛するとは、存外難しいものだな」
「…全くだ」
△▼
山奥に辿り着いた時には、既に辺りは暗くなっていた。いよいよ本格的に寒くなってきて、ぶるりと身体を震わせる。そこは小さな洞窟になっていて、ちょうど人二人が入れるくらいの大きさだった。
「またいい場所があったな」
「ああ、まるで僕たちのためにあるようだろ?」
「…よく見つけたね」
「運命に導かれたんだよ、きっと」
「随分ロマンチックだな」
「真太郎の影響かもな」
「妬けちゃう」
「はは」
すとんと隣同士に座って、身体を寄せ合う。手はバスから一度も離していない。俺の右手が征十郎の左手と同化したみたいだ。
どれくらい時が経ったかは分からないが、寒さはとうに無くなった。眠さでぼんやりとしている視界の中で、征十郎を見つけて軽く口付ける。
「…征十郎、愛してる」
「僕も名前を愛してる」
「幸せだよ、俺は」
「奇遇だな、僕もだ」
もう一度、今度は深い口付けを交わす。冷たいけど暖かくて無意識に涙が流れる。でも大丈夫、だって俺たちはずっと一緒なんだから。
眠いのはどちらも同じなようで、お互いにぎゅっと抱き締め合う。
「おやすみ、僕の名前」
「…おやすみ、征十郎」
征十郎の微笑みを最期に、俺の視界は暗くなる。征十郎、来世でも幸せになろうな。
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