むぎこ様から頂きました/現パロ



ただのお隣さん、それくらいの認識でしかなかった。
地味で何だかパッとしない男の子。時たま、紫色の長髪を揺らすイケメンが出入りしているのを見かけるが、それ以外に人の気配は滅多にしない。向こうから見た俺もそんなもんだろうと思ってた。隣に住む、カノジョもトモダチもいない寂しい大学生、なんてね。

「苗字さんが好きです」
『……は?』

だから、告白されるなんて夢にも思わなかった。


∴347号室、最愛の少年


アパートの外階段の下で例のお隣さんは通学用と思われるリュックを背負ってボーッと突っ立っていた。いるんだかいないんだかの微妙な存在感はどことなく幽霊を彷彿とさせる。ただでさえ名前も知らない程度の関係だ。なんかあんまり関わりたくないなあ、なんて思いながら、軽く会釈をして立ち去ろうとした時だった。むんずと手を掴まれて「待ってください」と一言。驚きのあまりポロリと落ちかけた肉まんを慌てて口に突っ込む。ギリギリセーフ。危なかった…。

『な、なん…へふか…』
「好きです」
『えっ…食べかけだけど…』
「肉まんなわけないでしょう?何言ってるんですか、あなた」
『それはこっちの台詞ですよ!!!』

差し出した肉まんはお隣さんの手によって押し戻される。そばかすだらけの顔が少し苛立ったように歪んだ。

「苗字さんが好きです」
『……は?』
「付き合ってください」

べしゃり、お隣さんが目で追った先には地面の上で変わり果てた肉まんの姿。あ、もったいない…って、これ、俺のか。俺のか!!!

『ああああ…俺の夕飯…貴重な…ゆう、はん』
「…肉まんだけですか」
『バイト、給料日前なので』

いつもはちゃんと食べてます、と小さく付け加える。何で小さくなのかって?いや、だって嘘だし。ご飯なんて適当にコンビニで買って済ませてしまえばいいのだ。楽だし、楽だし、楽だし、自分で作るより美味しいし。

「…健康に悪いですよ」
『大丈夫です』
「ちょっと待っててくださいね…ええと、」

お隣さんはおもむろにリュックからタッパーを取り出す。なに、そのリュック四次元ポケットか何かなの?君は猫型ロボットか何かなの?
ふと、俺のいぶかしむ視線に気づいたお隣さんは、ニコリと微笑みを浮かべた。「昨日の夕飯にカボチャ、煮たんです」。いや、ちげーよ、そういうことじゃねーよ。

「よかったらどうぞ」
『えっ、や、なんで?』
「まずは胃袋を掴め、とシンが」
『シンって誰ですか!』
「三十路のおじさんです」
『はあ、三十路の…』
「はい、あーんしてください」
『わ、悪いし…いいです』
「なんですか?聞こえませんでした」
『いや、だから、いらな…』
「はい?なんです?」
『……え、遠慮なく…いただきます』
「ええ、どうぞどうぞ。はい、あーん」
『…あ、あーん?っぐぅ!?』

俺の口に物凄い勢いでカボチャを突っ込んだお隣さんは「いつでもうちに食べに来てくださいね」と脅迫…ゲフンゲフンをして、そそくさと階段を登っていく。そして、数段登ったところで、思い出したように振り返った。

「告白の返事、いつまででも待ってますから。それから、私の名前はジャーファルです」

ジャーファルさんの作ったカボチャの煮物はほろりと口のなかで崩れて、やさしい甘さと醤油の薫りだけが残っていた。
たまにはこういうご飯もいいかもしれない。


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