どうして人を好きになってしまうんだろうと考える時がある。人を好きになったかと思えば嫌ったり信じていたのに裏切られてしまったりその反対、信じてもらっていたのに裏切っちゃったり。なんでこう、感情が目まぐるしく変わるのだろうか。その時の感情に合わせてたらキリがないし面倒なことこの上ない。そんな俺も今、たった今人に別れを告げてきたところだ。正確にいえば彼女に振られた、というべきだが。俺に別れを告げた女とはあまり思い出がないのが唯一の救いといえば救いだ。校舎裏。ここで別れを告げられそれに何故か平手打ちを食らった俺は動けずに建物に背を預けて腰を下ろす。動く気もしない。それから気付けば涙も出てるしもう目は腫れてるしで友達とか姉ちゃんにどうしたのって聞かれるのを心配したけどもうそういうの全部ひっくるめてどう言い訳しようとか考える気にもならなかった。脱力感と虚無感だけが俺を支配する。口が半開きになってるのを閉じる気も涙をジャージで拭う気も失せ、少し足を開いて膝の上に載せた腕に顔を埋めることにした。こんな校舎裏に誰も来ないだろうけど今の俺の情けない面を誰かには見せたくない。暫く何も考えないで泣いてると誰かの気配。こんな場所にくるやついんのかよ。それにほとんどのやつは帰ったか部活だろ。少しだけやばい、と思った。俺の知ってるやつだったらどうしよう。この泣き面をどうやって説明すればいい。もしかしてさっき別れた彼女かな、なんてミジンコ並の小さな希望を持って顔をあげると予想は面白いほどに大外れだった。しかも知らないやつだったからこの泣き面を見られても恥ずかしくはない。俺に気付いたそいつは眉を寄せた。

「どいて。そこは僕の場所だ」

肌が妙に白いやつだった。対称的に髪は真っ黒で不気味にさえ感じられる。俺はお前の場所とか勝手に決め付けんなよと言い返そうかとも思ったが生憎涙で声を上手く出せる気がしないから口を噤む。何も言わずに座り続ける俺に腹が立ったのかそいつは俺の傍までくると溜め息を吐いて脇腹に一発蹴りを入れてくれた。痛い。凄く痛い。ていうか何で俺が蹴られなきゃいけねえんだよ。痛さに呻いて倒れた俺の横にそいつは素早く、且つ静かに座ると両手で顔を覆って声を洩らした。え、なに。こいつも泣いてんの?文句を言い辛い。それはきっとこいつが俺以上の悲しみで泣いているからだと思う。それでも脇腹を蹴られたんだから文句の一つや二つ、言ってやりたかった。
「お前さあ、」
「どうして、どうして僕がこんな目に合わなきゃならないの!」
俺の言葉を遮ってそいつは声を張り上げた。こんな目に合わなきゃならないの、か。それはこっちの台詞だ。なんで俺が蹴られんだよおかしいだろ。それを言う前に泣きじゃくるそいつは俯き、顔を覆っていた両手で目を擦りながら俺に言った。
「なんでまだいるの」
文句をお前に言うのとまだ泣き足りないのと脇腹が痛くて動きたくねえからだよ。そう言う前に今の台詞で俺の何かが切れたのか、気付けばそいつの頬を殴っていた。これでさっきの蹴りとあおいこだ!あああもう脇腹痛いし心も痛いし目も擦りすぎて痛いしちくしょう!殴られて驚いたのかそいつは赤い目を丸くして、それでもすぐに目を釣り上げて俺に言葉を放つ。
「なにす、」
「うるせえ!何すんだって言いたいのはこっちだ馬鹿!別にここお前だけのもんじゃねーだろ俺だって泣きたいんだよ泣いてんだよ色々と痛いんだよ!」
言葉を遮って言った。さっき俺の言葉を遮ったお返しだ!

「きみに、きみになに、なにがわかるんだよ!」
「そっちこそ俺の何が解んだ!蹴り入れやがって!」
「あ…。それは、ごめ、ごめんなさい……」

そう言って縮こまるそいつ。俺が悪いことをしている気分だ。どうしようもなく悪いことをしたな、と罪悪感に襲われたから俺ももう一度殴ってやろうかと振り上げていた拳を開いてそいつの頬に添える。びく、とあからさまに怯えたそいつを見てとんでもないことをしてしまった、と後悔した。
「俺も、ごめん」
素直にそう謝るとそいつはまた泣きだした。え、え。俺何か悪いことしたのか?いや確かに殴ったことは悪かったが謝ったし…困る。泣かれると困る。とりあえず頬に添えていた手で涙を拭ってやることにした。あれ。俺のクラスではないがよく見ればこいつ、虐められてるやつじゃないか?え。それじゃあ俺、本気でとんでもないことした。殴るなんて、こいつ、ただでさえ虐めで殴られてるかもしれないのに。呆けているとそいつは俺の背中に手を回してきた。あ、抱きつかれてる。ぐす、と鼻を啜ったからまだ泣いているということは理解出来たがどうして抱きつかれたのかは解らない。まだ脇腹痛いんですけど…。

「やだ、やだ。いたいの、いやだよ…」

悲痛な声だった。俺もそいつの背中に手を回して抱きしめてやる。片手は背中、片手は後頭部を撫でるとそいつは俺の肩に額を乗せたまま何してるの、と呟いた。
「別に」
温かかった。そういえば彼女とこうやって抱き合ったことがなかったように思う。くしゃ、と髪を掴んで背中に回している手で軽く叩くと嗚咽を洩らした。俺、なんでこいつのこと慰めてんの。しかもこうやって抱きしめてる俺も慰められてる気がする。なんか負けた感じ。

「名前は」
「グリーン。お前は」
「…レッド」
「ふうん」
「なまえ」
「ん?」
「なまえよんで」
「…レッド」
「あのね、好きだ」
「誰が」
「グリーンが」
「そっか。さんきゅ」

グリーンはおれのことすき?そう聞いたレッドに対して俺はまた別に、と答えた。そしたらぎゅ、と抱きつく腕に力が込められてなんだかレッドが愛しく思える。思わず俺も力を込めて抱き返してやった。脇腹いてえなあ。



0817.傷ごと抱きしめる




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