僕がいた。顔が似てるわけでもないのに彼は僕だと思った。目の色は同じだけれどあまりにも違いすぎる。僕と似ていない、だけれど僕である彼の目は闇を纏った赤。僕の目は普通の赤。彼の存在は威厳がある。そこにいるだけで恐ろしい者。同じ空間にいるだなんて恐れ多いと思わせる者。目を合わせたら食われてしまいそうだった。
「誰、ですか」
声を振り絞った。声を出そうとするだけでも口の中は渇き切っている。彼を中心に渦巻く重いなにか。僕はまるで蛇に睨まれた蛙だ、なんて脳がどうでもいいことを考えている間にも僕である彼は赤に纏わせている闇をいっそう濃くして口を開く。涼しげな、けれど人を圧倒するような声。彼自身が、僕自身が重力。そんな感覚に陥る程彼は圧倒的な存在だった。
「レッド」
「僕はファイア」
「僕もファイア」
「あなたはレッドなんだろう」
「君もレッド」
それから今まで無表情だった彼は口をにやりと歪ませて僕の名前を呼んだ。いよいよ気味が悪くなってきて君は誰だともう一度僕が聞くと彼は僕は笑うのを止めて僕を見やる。背筋が凍りそうだ。

「君は僕。だから僕も君だ。君は僕の母も僕の幼馴染も全て奪って僕に成るのだろう。だけど全て奪うはずの君は僕の目を、髪を奪ってくれなかった。僕に成るのに僕自身を奪わなかった。君と違う血の色をしたこの目も黒い髪も君は奪ってはくれなかった。どうして。僕が嫌いなのか。それとも君は僕をないものとして扱ってまるで自分がレッドだとファイアだというように毎日を過ごすつもりなの。僕がいたから君が生まれたっていうのに君は自分が最初だというのか。僕は君が嫌いだけど君が僕に成ることで母が幼馴染が喜んでくれるのなら僕は君を好きになろうと思う。君が僕の目と髪を奪って自分のものとしてくれなくても僕は血を肉を骨を臓器を脳を君にあげよう。そうすればほら、君は僕だ。僕たちは二つから一つに成ることが出来るだろう。容姿が違ったって母も幼馴染も僕のことなんか覚えちゃあいないんだろうから本当はどうでもいいことなのかもしれない。だけど君は忘れないで欲しい。君の目も髪も、君ではない証だと。僕の目と髪を奪って自分のものとしてこそ君は僕に成って君に成る。でも君が僕をないものとして扱いたいというのなら僕の目も髪も要らないね。まあとりあえず君は僕を殺せばいいと思うよ」

僕の手に彼はナイフを握らせた。僕は怖くなってこれは夢だと信じながら僕自身の腕を刺す。彼は目を丸くしてまた口を歪ませた。そして彼の口が動く。声は聞こえなかった。けれど彼は確かにこう言った。君は馬鹿だね。彼は僕が刺した腕と同じ腕から血を流していた。傷も同じ場所にあるように見える。怖くなって目を閉じると彼が笑った。目を閉じているのに彼の顔が離れなくて目を開けると見慣れた僕の部屋が映った。ああ、やっぱり夢だったんだ。勉強していて机でうたた寝しちゃったんだ、僕。よかったあ、と胸に手を当てて息を吐く。あ、れ?
夢で僕が刺した腕から血が流れた。



0806.虚言




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テーマ「人外ファンタジー」
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