outside disturbance


優に起きた出来事をはじめに察したのは、実のところ嵐山ではなかった。おそらくはしでかした張本人が、横槍を入れられることのないようタイミングを見計らってでもいたのだろう。最初に気がついたのは駿だった。ひと通り大人まがいの知識をつけ、物心ついたときから姉に懐いていた駿だったから、あるいは彼自身の聡さによって気がつくに至ったのだろう。

姉が一人暮らしを始めてしばらく後のことだった。優がリビングで寛いでいた。彼女を生家で見るのは久々のことだった。ちょうど駿は部隊訓練で学校を早引きし、午後の授業には出ずに帰宅したところ。そうして姉の姿を見つけ、顔色を伺い見て、ああこれがと、感じていた不安感の正体に納得がいった。そしてすべてが手遅れだったのだと理解した。やるせなさを感じるのと憤りと感じるのとでは、おおよそ半分ずつである。


今日は嵐山隊と三輪隊、風間隊が昼番として基地に詰めていた。駿の所属する草壁隊は訓練を行ったが、どうやら他のA級部隊は、夜番を除いてはオフの日としているようで、基地内にA級隊員の姿はあまり見られなかった。ところが本部の隊員ではなく、本来であれば玉狛支部に居るはずの迅の姿が、休憩室にあった。疲れたような、呆れたような顔をしながら、嵐山と何かを話し込んでいる。何か嫌な予感が背筋を這いまわった。迅に懐き見かければすぐさま駆けつけるのが常の彼が、迅を目の前にして立ち尽くしたままであるのを、草壁はじめ隊の面々が不思議そうに眺めている。彼らに先を促すのがさらに不気味だと草壁が訝しむが、嫌な予感の正体の端も掴み切れていない駿はただ苦笑するだけだった。「何でもないよ」とも言った。14歳の少年らしからぬ風であると、隊の誰もが思ったことだろう。


当の迅と嵐山は、つまるところこんな話をしていた。立ち去る駿の姿を認めていたかは分からない。休憩所のテーブルに、辛気臭い顔を突き合わせて項垂れていたから。

「もっと気にしていれば良かったかもしれない」と迅が言う。「決定的な瞬間は視えなかった。それが何を意味しているのかは分からない。防げることなのか、それとも単に手遅れなのか」
「手遅れだとは思いたくないが」嵐山は、溜息をつきながら額に手をやる。撫でるような抱えるような、微妙な仕草だった。「残念ながら俺は夜まで基地を抜けられない。確認のしようがないな」

「太刀川さん、今日は来てないな。連絡を入れて様子を見に行って貰ったらどうだ」
「そうしようか。けど……」
「けど、何だよ。あいつあれで脳天気なところがあるだろ? うっかり強盗にでも押し入られてたんだとしたら目も当てられない。対策なら出来るに出来ることをすべきだよ。あの人なら生身でだって、そこらの男よりはよっぽど腕っぷしが強い訳だから」
「どうだろう」迅の言葉を受けて、逡巡した嵐山が静かに言った。「案外油断ならないのは、実はあの人かもしれない」

以前からずっと太刀川に抱き続けていた不信感があった。みなまで言うつもりはない。本来は同じボーダーの一員として信頼していなければならない相手である。疑念を露わにする訳にもいかない。だからこそおのれの発した言葉に嫌気が差した。根っから、正義感と義務感で出来上がっているような男であった。迅は迅で、嵐山のそういった気性をよく理解していた。嵐山の発言に驚きを隠せず目を見開き、そして苦笑を零しながら「そうきたか」とのたまう。目を伏せ、うんうんと頷き「もしかしたら、その推測は当たりなのかもしれないな」と言う。「じゃあとにかく連絡を取らないと」嵐山も頷き返した。

話は、こうだ。つい先日実家を出てひとり暮らしを始めた優に、何かしらが起こるかもしれない。迅が視たのはその後の彼女であって、現場までは予知できなかった。ずっと前からその可能性についてだけは察していたものの何が起こるかまでは分からず、ただ彼女と嵐山に「ちょっといつもより警戒心を持って生活した方がいい」と助言をしたのみ。今日、まさに当日になっても何も進展がないというので、わざわざ本部にまで出向き、こうして嵐山と顔を合わせている。彼女の元へ直接向かわなったのは、今日は大学の授業があったからだ。大学には、太刀川がいる。彼には今日の予知について話はしてあったから、この後すぐ玉狛に戻るつもりでいたが、嵐山の様子を見るに、それは悪手であったのかもしれない。

「優の未来は視えにくい」と、かつて迅は零していた。いくつもの可能性が縦にも横にも絡み合っている。確定的な未来が少ないのは、彼女がいかに綱渡り的な生き方をしているのかを指し示すようでもあったけれど、それよりも、自分以外の誰かを優先しすぎるせいというのが大きいのではないだろうかと推測していた。近界民に襲われ、弟である駿を庇ったという一件があってのことなのだろうが、それにしても――そこまでする義理はないだろうにと思わずにはいられない。

「まぁ、とにかくだ」迅は言う。「おれらに今できることはないよ」冷たいようだけれど、とつけ加える彼に、嵐山は首を振って「いや、事実だ」と答えた。「俺はあいつに何もしてやれない」


そういうことがあって、勿論迅と嵐山のやりとりはあずかり知らぬところであるにせよ、駿は帰宅して早々、ソファに腰を下ろしつけっぱなしのテレビを流し見ている姉の姿を見て、嫌な予感の正体を知りつつあった。姉は物音に振り返り、リビングの入り口で立ち尽くす弟におかえりと言った。姉は穏やかな様子で、一見普段通りの様子に思えた。だがどことなく、形容しがたい違和感がある。気づいたときには「何かあった?」と尋ねていた。

「いきなり帰ってきたから? 特に何もないけど。お母さんのご飯が恋しくなっちゃってさ」と姉は笑った。ふうんと生返事をひとつくれてやって、駿は荷物を適当な場所に放り投げながら姉のもとへと向かった。ソファの、姉の隣に腰を下ろし、姉の顔を覗き込む。優は首を傾げている。その、顔に手を伸ばし――触れるつもりはなかった。ただ手を伸ばしただけであったが、それでも優は、びくりと肩を震わせた。顔は微笑んだままだったが、頬が強張り、じっと駿の手を注視している。それで十分だった。本当に何もなかったなら、優が駿を拒む訳がないのだから。それを察したことを、姉も理解していたようだった。目を伏せる彼女に「何があったか聞いてもいい?」と尋ねるが、姉はただ口をつぐむばかり。沈黙が流れた。やがて「大したことじゃない。ただ、自分が情けなくって」と項垂れた彼女の肩にそっと手を回した。姉との歳の差を、このときばかりは恨めしく思った。もっと身体が大きかったなら、包み込むように抱き締められたのに。



優の異変に気づいたのは緑川が最初で、彼女自身から察したことであったけれど、それと同じ頃、嵐山と太刀川が対峙していた。言わずもがな優の件についてである。

ボーダー本部、C級隊員の訓練ブースに彼らはいた。ランク戦を持ちかけたのは太刀川の方からだった。嵐山は基地詰めで待機中だったが、太刀川は授業を終えてから、帰宅せずに本部へとやって来たらしい。開口一番「話があるから」と言って嵐山に声をかけたのだったが、嵐山は、昼間迅との話のせいもあって、はなから疑念の目を向けていた。猜疑心は隠し立てするつもりはなかった。いつもの通り飄々とした様子でいる太刀川だったが、そもそも彼とはポジションを違えていて、そこまで頻繁に個人戦を行っている訳ではない。このタイミングで「話がある」と声をかけてきたのは明らかに――

「なんの話だか、本当は分かってるんだろ」と太刀川は言う。ブースの中、仮想空間にログインしてからのことだった。音声はオフになっている。外に漏れ聞こえることはない。太刀川はほくそ笑むような表情を浮かべ「黙ってようかとも思ってたんだけど」とのたまった。優のことだろう、と返すのをやめ「開けっぴろげにして構わないことなのか」と問う。太刀川は愉快そうに「まぁ、違うだろうな」と答えた。太刀川は弧月を抜き払う。嵐山は肩に提げたアサルトライフルを構えもせず、ただ棒立ちで「場合によっては、いくら俺でも許せないだろうな」と言った。太刀川は「許せないだろうよ。俺はそれでもいいと思った」と笑う。

「俺のせいでも、まして優のせいでもないからな」



緑川駿が基地に着いたのは、優を自室に落ち着け、母親にちょっとした連絡を入れてからのことで、つまるところ、嵐山と太刀川が遭遇してしばらく経った頃だった。基地についてすぐ、駿を見かけた知り合いの隊員が「なんか太刀川さんと嵐山さんがランク戦してるらしいんだけど」と声を掛けてきた。ここまで急ぎ足……どころか、半ば駆つけたようなものだった駿は、胸を撫でつけ、肩で息をするのを無理やりに抑えつけるように「それがどうしたの」と問い返した。彼の様子に、同僚は戦々恐々としたように「嵐山さんの様子がいつもの違うみたいだって、みんな言ってる。喧嘩でもしてんのかなあの人ら。怒らせてんの、どうせ太刀川さんのせいなんだろうけど」と言う。駿は思いっきり、それこそ本当に思いっきり顔をしかめた。

C級隊員の訓練ブースに足を運んだ駿が見たのは、モニターに群がり釘付けになっている隊員の群れだった。C級だけでなく正隊員の姿も数多、どうやら同じように噂を聞きつけた人間が群がっているらしい。駿の身体の大きさではその山に混じっても無駄になるだけだと、少し離れたところでモニターに目を向けることにした。なるほど噂通り、嵐山は日頃のおおらかな様子とは違えいた。優の様子から、嵐山が彼女に何かを――決して口に出したいとは思えないような何かをしたのではと予想していたが、それはどうやら外れていたように見える。嵐山のような人間が、と訝しんでいたのも本当のこと。妙な話ではあるけれど、合点がいったと頷かずにはいられない。

結局ランク戦は太刀川が獲ったようだった。嵐山もA級5位という肩書き以上の実力を持ち合わせてはいるようだったが、それでも太刀川には及ばぬようで、改めて彼の恐ろしさを伺い見るようではあった。しかしそれ以上に、憤怒を通り過ぎて鎮痛な表情に至っている嵐山の様子が気にかかる。太刀川に何事かを吹きこまれたにせよ、あれではまるで、嵐山のせいで今回のことが起きたかのような、責任感を覚えているような、そんな風にも思えるではないか。

ブースを出た嵐山と太刀川は、一言も交わすことなく別れた。C級の訓練室に群がっていた隊員たちは、どちらにも声をかけることなく散らばっていく。ひとときのお祭り騒ぎはなんだったのかと思わずにはいられないが、二人の纏うピリピリとした雰囲気がそうさせたのだろう。おかげで、と言うべきか。人の波と逆行して足を踏み出した駿の姿を、すぐに嵐山が見つけてくれた。はっとした顔で彼は駿の元へとやって来た。「何かあったんですか」と問う駿に、嵐山はただ「俺のせいだ」とだけ返した。どういうことなのかを突っ込むような、突っ込んで尋問できるような様子ではなかった。駿はただ、そうですかと相槌を打つのみ。「姉ちゃんなら、今、ウチに来てて」とだけ付け加えた。「夕飯を食べた後に家に戻るって、本人はそう言ってますけど。たぶんその通りになるんじゃないかな」

「何があったか、優から?」感情の読めない声音だった。顔色は蒼白にも見えたけれど、穏やかなようにもとれ、彼が何を思っているのかを推し量ることはできなかった。駿は首を振り「聞いてない。教えてくれなかったけど、だいたいは分かる。姉ちゃんのことだから」と答えた。そこでようやく嵐山は笑った。苦笑のように見えた。けれどもきっと心のうちでは自嘲しているのだろう。彼は目を伏せて「さすがだな」と零した。

「そんなこと言ってていいんですか」
「会いに行く顔なんかないさ」
「……おれじゃあ、だめだと思ったから、ここに来たのに」

見損ないましたと口を尖らせる駿に、嵐山は目を見開き、そして今度こそは本物の苦笑を浮かべた。手を伸ばしたのは駿の頭の上。わしわしと猫っ毛を撫でつける仕草はまるで犬っころか、そうでなければ親しい身内――弟を褒めるようだと、そう思った。



緑川駿が見ていた、嵐山と太刀川のやりとりの真相は、こういうことだった。

訓練用の仮想空間で対峙していた嵐山、そして太刀川。「俺も優も悪くない」と言い放った太刀川に嵐山が詰め寄る。「どういうことだ」と詰問する嵐山。太刀川は手持ち無沙汰なのを隠すつもりもなく、手にした弧月の切っ先を見落としながら「そのまんまの意味だけど」と答えた。

「お前はさ、嵐山、俺なんかよりもよっぽと人ができてるだろう。それは分かる。お前の美点だし、全然いいと思うんだけど、でも優は違うだろって、そういうことだよ」
「まどろっこしい言い方をしないでくれ、太刀川さん。俺はあなただから、信用して優を任せてたんだ。それを――」
「いいから聞けって。言っただろ、お前のせいだって。言いたいのはそういうことだ。お前がおれを信用する以上に、あいつは俺を信頼してる。なぜかだかお前に分かるか?」
「……」嵐山は口をつぐんだ。答えを知っていて、口に出すのを躊躇っている。そのように太刀川の目には映っていた。トリガーを握る手が白く震えていたからだ。

「やりやすかったよ。俺がボーダーの人間だからじゃない。おまえが俺や風間さんに引き合わせたから。お前の信用してる人間なら信頼できると、そう思っていたから。だから俺が家を訪ねても何も警戒しない」
「それで――」嵐山は白い顔で、戦慄く唇を必死に動かしながら、目を細め自分を眺めている太刀川を睨め付け、睨み上げ「何をしたんだ。優に」と問う。激昂しないのは少なからぬ自責の念が理性として怒りを押し留めているからだろうと予想できた。返ってきた答えは「言わなきゃ分かんないか?」だった。十分だった。

嵐山がアサルトライフルを構え、太刀川が弧月を振りかざした。大きく踏み込んだ一歩、足が着地する前に嵐山の姿がたち消える。その場を太刀川のトリガーの切っ先が薙いでいった。オプショントリガー【旋空】で先手を打つと、おそらくは読まれていた。小賢しいなと零すのとは裏腹に、太刀川の口元は微笑むように歪んでいた。こうなるかどうかは五分の勝負だった。彼らの間柄を引っ掻き回すのが目的で起こした行動で、嵐山が喧嘩を買わないならそれはそれで構わないとは思っていた。なんにせよ戦えるならそれに越したことはないと本気で考えているあたりに彼の性根が窺い知れるけれど、ここでは余談に過ぎない。

距離を詰める太刀川と、距離を保つよう後退を繰り返しながら銃撃を行う嵐山。懐に飛び込んでこられたら終わり、体勢を崩されても追い打ちをかけられて終わり、油断をすればあっという間に閃空で横薙ぎにされる――中距離での火力は明らかに自分に分があると分かっていてもまるでそんな風には思えない。どこかで仕掛けなければ――

「つまんない戦い方するなよ。嫌いだろう、おれのことが」太刀川がそう言って欠伸を噛み殺した。いいやと嵐山は首を振ったが、アサルトライフルにトリオンを込め、応えるには「あなたの言う通りだ。だから俺は俺に腹を立ててる」。自分の、本能的な予感に従っていれば。太刀川が自分たちに無害な人間であると、信じたかったのは、実は優ではなく嵐山自身だったのだろうと、そう理解できた。理性が必ずしも正しいとは限らない。

「でもあんたのしたことを許す訳にはいかない」そう嵐山は言った。
「そういうおまえの方が面白いな」

撃ち出したトリオンは、躱した太刀川の足元で炸裂する。込められていたのはメテオラだった。硝煙。連射される弾が土煙を巻き上げる。煙幕に気を取られた一瞬、テレポーターで太刀川の背後へ跳ぼうとした嵐山を、先読みしていた太刀川が迎え打つ。弧月二刀が一閃。だが切っ先は嵐山に掠めることもない。「読んだことも読まれてたってことか」とごちる太刀川。「どこまでも賢い奴。苦手だな、おれは」もう少し直線的にかかってくると予想していたが、どうやら裏切られたようだった。嵐山の持つスコーピオンが飛び込んだ懐からトリオン供給機関を貫いていた。

結局、その後二本を取られ太刀川との勝負には負けた。仮想空間からログアウトし、時刻を確認する。このまま出動がなければおそらくは予定通りに帰宅となろう。そうしたらすぐにでも優のところへ向かおうと、そう決めたところで駿に遭遇したのだった。


規定の隊務を終え、その足ですぐに優の暮らすアパートへと向かった。警戒区域からさほど離れていない、本部よりも玉狛寄りの場所にあるアパートは「警戒区域が近いと家賃が安くて」と言って選んだものだった。「准がすごいのも、駿ちゃんがすごいのも知ってる。ボーダーの人たちがいるから安全だって分かってるから、私はここにいるよ」そう言ってけらけら笑った彼女を、窘めることはできなかった。嬉しかったからだ。惜しみなく浴びせられる信頼がこそばゆかった。誇りだった。だからこそ今日のようなことが起きてしまった。後悔は尽きない。

連絡もなく訪う嵐山を、優は驚き混じりに出迎えた。中へと通されたが、ここでいいからと、ドアを閉じた玄関ポーチで立ち止まる。強張った彼の顔を見上げ、ああと優は、溜息のような声を上げた。「誰かから聞いた?」と問う。苦笑。困ったような陰りはあるが、どうしてそうあっけらかんとしていられるのかと疑問に思い、そして戸惑った。「きみの弟と……あと、太刀川さんに」と嵐山が答えるも、口ぶりは躊躇いがちではっきりとしない。何らかの言葉を続けようとして口ごもっては唇が上に下に彷徨う。煮え切らない彼の様子は、どうやら心配していたというだけではないようだと、優にも見て取ることができた。ややあってようやく切り出したのは「すまない、すぐに来られなくて」という一言だった。優はそっと笑った。

「いいよ。今日は本部に詰めてたんでしょう?むしろなんだか申し訳ないよ」とりあえず上がってくれと促す。「夕飯は用意してなかったけど、飲み物くらいなら出せるよ。少し待ってくれるなら多少のものは作るけど……」

「いや、合間の時間で食べてきたんだ。ありがとう」
「そう? じゃあお茶にしよう。適当に座ってよ」
「その前に――」

手を引いた。ベッドに腰を下ろした嵐山を優が見下ろす。視線がぶつかり合うが、お互いに見つめ合ったまま息を潜めている。優の視界の端には窓があって、西日が差し込んでくるのが窺えた。部屋の中は薄暗い。明かりを点けておくべきだった。嵐山がゆっくりと口を開く。「押し付けがましいようだが」と前置きした。「今回のことはすべて俺の責任だったと思っているから、いくらでも詰ってくれて構わない。だからどうか、太刀川さんのことは悪く思わないで欲しい」言ってから、これではまるで太刀川を庇うようではないかと思い至り、所詮「いい子」から脱することのないおのれの性分に嫌気が差した。もしかすると顔を顰めていたかもしれない。現実感がなかった。気づけば目を伏せ、握った優の手元に視線を注いでいた。

「やだな。どうしたのさ、そんな神妙な……」
「ひどいことをされたんだろう。俺がおまえを太刀川さんに引き合わせたんだ。恨まれるなら俺でいい」
「待ってよ。どうしてそうなる訳? 私が勝手に、ひとりで、こうなったんだから。君がどうこうって、そんなことないよ」

こうなるだろうと、責任を引き寄せ合うだろうと、そう予想はしていた。おそらく優は譲らないだろうし、嵐山にもそのつもりはない。平行線を辿る。「けど俺はどのみち自分を許せない。優を良くない目に遭わせて……」ぐっと手を握った。嵐山の眉間には皺が寄せられて、鎮痛な面持ちで、俯いている。「ああもう」と優は唸り「やっぱりこうなった」と嘆いている。

「いいんだってば。太刀川さんにだって言われたのよ。『嵐山だって人間なんだから、もうちょっとおまえは一人でものを考えろ。頼るのはいいが寄りかかりすぎだ』ってさ。もうほんと、嫌になっちゃうよ。図星すぎて、わたし――」
「ちょっと待て。太刀川さんが?」
「え? どうしたの。そう、太刀川さんがね、言ってたんだよ。『価値の基準を他人に任せるな。おまえはおまえだ』とかなんとか」
「……何があったのか、聞いても?」

手を握ったまま、優をぐっと嵐山が見上げる。気圧されたように顔を強張らせるが、やがて口を開いた。「今日の、昼過ぎに――」

ことの概要は、つまるところ、訪れた太刀川に迫られ押し倒されて諭されたと、そういうことだったらしい。「男の人が怖いと思ったのは初めてだったから、正直肝が冷えたよ」と優はさっぱりとした様子だったが、ひん剥かれたのも事実だったようで、嵐山の中で落ちた太刀川の株は完全には回復しなかった。役得であったのだから致し方無い。嵐山に対しての思わせぶりな言動は、つまり「他人の言うことを正直に受け取るな」とでもいうところだったのだろう。周到でイヤらしい、敬愛すべき先輩であった。溜息混じりに嵐山が、本部基地での出来事を話せば、優も「あのひとも案外お節介なんだね」と笑った。笑うしかなかった。ほっとしたら腹が減り、二人キッチンに並んで夜食をこしらえた。遅くなるとあらかじめ連絡を入れておいた家に、やっぱり泊まることにしたからと伝え直した。今度は優を家に連れてくるようにと返ってきたから、優に約束を取り付けた。弟妹も彼女に懐いているからきっと喜ぶだろう。腹が満ちて、連れ立ってシャワーを浴びて、もつれ合いながらベッドに潜った。「緑川に超絡まれる。助けて」と嵐山に入った太刀川からの連絡は、夜が更けるまで気付かれず、そして朝まで放っておかれたらしいが、それはおそらくささやかな報復だったに違いない。



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