calm before storm


 ぼんやりとしていた。優は、自分の瞼が重みを増しつつあることに気づいていながら、ただじっと眠気に身を任せた。傍らで嵐山がくしゃみをしたが、それも目を覚ますには至らない。くったりとソファに身を沈めている。膝の上に載せた雑誌に目を落としてはいるが、視線は紙面の上を滑るだけどった。

 いくらかの時間が経った。嵐山がふと隣を見やる。案の定、優が船を漕いでいた。苦笑を浮かべ、嵐山は彼女の肩を叩き、こんなところで寝たら風邪をひくぞと言った。昼下がりの部屋の中は暖かく穏やかだったが、夏も過ぎてしまったこの頃の気候では、きっと夕方には冷えてくるだろう。優もそれは知っている。知りながらもまどろみが心地よく、起きる気にもベッドまで動くこともできないのだった。やがて、溜息のように笑った嵐山が、ブランケットを寄越した。せめてこれを掛けなさいということだろう。風邪を、ひいてしまわないように。





 寝息が聞こえてきて、ようやく、詰めていた息を吐き出すことができた。ソファの背もたれと、嵐山の肩に、身体を預けて寝入っている。その優の横顔をじっと見つめた。穏やかな寝顔だった。すっと通った鼻梁が美しいと思った。すっきりとした顔立ちと聡明な眼差しが、ずっと好きだった。昨日の夜さんざん言い争いをしたせいで瞼が腫れぼったいのが残念でもあり、申し訳なくもあった。結局折れたのは嵐山の方。

 優を甘やかしすぎだ、と言われることがある。自覚がまるでないという訳でもない。ただ優は周りに気を使いすぎる。少しくらい誰かに優しくされたって構わないだろうと、嵐山はそう思っていた。何も、自分がこうしてやらねばならない訳でないのは知っている。これは、ただの子供の意地のようなものだった。

 人柄のよい人間は、なかなか周りが離さない。優もそうだ。難しい年頃の弟が彼女に懐いていることでもわかる。ひとつだって媚を売りやしないのに、どうしてか周りには人間が集まってくる。それを、今は自分だけが、独り占めしている。優越感を抱かずにはいられなかった。しょうもない。

 優の横顔から目を逸らした。腰を上げ、キッチンの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し煽る。ヒヤリと喉を胸を、腹を水が通り過ぎてゆくと、少しばかり頭の中が整理されたような気がした。濡れた唇を拭えば、元通り、冴えた目の色が戻った。リビングで未だ夢の中にいる優を遠巻きに見やる。嵐山の口元は強張るように引き結ばれている。己の面倒な性分を自覚せずにはいられなかったからだ。








 優が目を覚ますと、部屋の照明が静かにに灯されていた。もう夜になってしまったのだと、寝ぼけた頭でもすぐに分かった。やってしまった、といういたたまれなさを誤魔化すようにブランケットを畳んだ。リビングに嵐山の姿はなく、書き置きのようなものも見当たらない。が、キッチンの方からは気配がしていた。案の定、彼はそこにいて、優が顔を覗かせたことに顔を綻ばせながら、夕食がちょうど出来たところなのだと言った。おそらく手持ち無沙汰を料理で慰めていたのだろう。随分と丁寧な食事がテーブルに並んだ。

 もう、窓の外にいっさいのあかるさを見出すことができない時間になっていた。日の暮れる足が早い。冬はおそらくすぐそこまできている。寒くなったらみんなで鍋がしたいねだとか、そんな未来の話をした。夜は、おだやかに更けていく。



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