main | ナノ

サイダー


「サイダーというものはつまり夏の代名詞であってね、これを飲まなくては夏が始まらない気がするんだよ」

目の前の少女はぽつりとそんな言葉を呟いた。自分の左手には某有名メーカーの炭酸飲料、サイダー。俺は隣にいる名前に目を向けた。それはどうにも彼女の一人言であり俺に向けられて発した言葉ではなかったらしい。夏服のスカートの裾がふわりと風に揺れる。頭が痛くなるようなセミの鳴き声に俺は眉間にしわを寄せた。

「でも今はもう夏ッスね」

なに言ってんだ俺。別に名前がサイダーなんて飲んでも飲まなくても夏なんてとっくに始まってる。今日は猛暑日なわけだしセミもこんなに鳴いていて、シャツが汗でびっしょりなのに夏じゃないわけがない。

「そうだよ、夏だよ」
「暑いッスね、夏は」
「当たり前だよ、夏なのだから」

さっき買った炭酸飲料のキャップを捻るとプシッと音をたてて表面には泡がたった。くいっとそれを喉に流し込めばしゅわしゅわとした感覚と共に舌先で泡が弾ける。たしかに、夏にこれを飲む気になっても冬に飲もうとはしないだろう。横から名前の視線を痛いぐらいに感じる。まあ、うん、言いたいことは大体わかる。

「言っとくけど、これはやらねぇッスよ」

横目に彼女と目を合わせながらそう言うと名前は拗ねたように唇を尖らせそっぽを向いた。

「…別に、欲しいなんて言ってないし。ふざけんなアホ、炭酸飲料のCMにでもでてろこのモデルが」

ごはっ、と思わず吹き出してしまった。いやまさか名前の口からそんな辛辣な言葉が出るとは思わなくって。
ここは体育館の出入り口付近。自販機はすぐそこでここからも見えるほど近くにある。飲みたかったら買いにいけばいいのに。

「三十円足りない。貸して」

あまりにも普通に告げられた言葉に内心ちょっと驚いて、それからすぐに納得した。ああなるほど、三十円足りなかったわけね。

「そーゆーことなら素直に言って。一口くらいならあげてもいいッスよ」

はい、とペットボトルを差し出すと少し遠慮がちに名前の白い手がこちらに伸びてくる。ペットボトルの中身は残り少なかった。それを掴み半ば奪い取るかたちで俺から取るとごきゅごきゅと可愛らしい効果音がつきそうな具合にサイダーを飲んでいく。そして飲み干した。あれ、俺一口って言ったよね?…まあいいけど。そうして差し出されたのは空になったペットボトルで、それはまあゴミなわけで。

「やっぱ足んない。三十円貸して」
「…それはいいッスけど、ゴミくらいは捨ててきて欲しいッス」

ちゃりんと三枚の十円玉を名前の手のひらに落としそう言うと名前はあからさまに仕方ないなぁとでも言いたげなため息を吐いてそこから立ち上がった。俺もなんとなくそこから立ち上がり名前についていく。
ゴミを脇にあったゴミ箱にすてて自販機のボタンを押してごとりと落ちてきたペットボトルを取り出す。そしてやっぱりプシッと音をたてたそれは勢いよく飛び出し名前の顔にかかる。

「っうぇ!?ちょ、黄瀬!!なんかした!?」
「っぷ、ははははははっ!俺はなんもしてねぇッスよ。ただ落ちるときの衝撃がさっきより強かったんじゃないッスか?」

ふざけんなー!と俺に怒るがそれは本当に見当違いだ。だって俺は本当に手を加えていないんだから。あはははっと一通り笑い終えたところで落ち着いて二人で自然と視線が向いた自販機には

「「あ、当たり」」
「や、ったぁぁ!」
「ちょ、三十円分は俺のッスよ!?俺が選ぶ!」
「は!?なに言ってんの黄瀬、これ当てたのは私の運なんだから私のに決まってんでしょ!」
「ちょ、俺のサイダー四分の一飲んだじゃねぇッスかぁぁあ!」

prev / next
[ back to top ]

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -