あの女、とはバイト先の石津恵美のことだ。
何度も智希を遊びに誘い、断ってもすぐ電話をかけてくる。
今日だって、週末は恋人と会うんでと言ったのに、電話をかけてきた。
正直、本当にまいっている。
はぁ、と大きくため息をつくと、有志がどうかした?と顔を覗き込んできた。
「なんでもないよ。おやすみ」
「おやすみ」
もう限界だったようで、有志は最後の声を振り絞ると、目をつぶり深い寝息をたてた。
「どうにかしないと…いつか父さんとのことバレそうだな」
そう言い智希も有志を抱きしめながら深い眠りについた。
「金曜日、ですか」
「あぁ、忘年会がてら皆で集まる予定だ。社長も来られるから必ず来るように」
「はい」
月曜日、有志が会社に行くと自分の席に座った途端上司に声をかけられた。
スーツにシワ一つない見た目からして完璧エリート。
50歳を過ぎているというのに鍛えられた体は健在で、事務の女の子から人気のある統括部長だ。
「重里から聞いたけど、最近金曜の夜は用事があるらしいな」
「はい、ちょっと」
あいつ…いらないこと言いやがって。
胸の奥で舌打ちをし、重里のディスクを見た。
まだ来ていない。いつも開始時間ギリギリだ。
「やっと彼女でも出来たのか」
上司は椅子に座る有志の肩に手を置き、嬉しそうに微笑んでいる。
いや、その日は息子と朝までセックスするんで。
もちろん言えるわけないけれど。
「そんなんじゃないですよ。ただちょっと、父子家庭なんで帰れる時は早く帰って一緒にご飯食べようと思って」
「そうか」
嘘は、言っていない。
しかしその言葉を聞いて優しく笑う上司を見て心が痛んだ。
すみません、そんな綺麗なもんじゃないんです。
また一つ、有志の心に罪悪感という名の傷がつく。
「ま、智希君ももう高校生だろ?子供じゃないんだからちょっとは泉水も遊べよ」
「はい」
上司は有志の笑顔を確認すると、腕時計を見つめながら自分の席に戻った。
もっと遊べ…か。
でもそこに智希がいなかったら楽しくない。
「あー重症だな」
「はっ…はっ…おはようございますっ」
朝礼が始まる3分前、後輩の重里が走り込んできた。
セーフと言いながら椅子に腰を降ろし肩で息をいている。
「セーフじゃない。なんでも10分前行動を心掛けろっていつも言ってるだろ」
「すみません…おはようございます…」
パーテーションを隔てた奥から有志が小さく怒鳴る。
その言葉に重里は肩を落としすまなさそうに謝った。
お互い、パソコンの電源をつける。
「そういや泉水さん聞きました?忘年会」
「あぁ、さっき真辺さんから聞いた。お前いらないこと言うなよ」
「いらないこと?」
パソコンが起動しその画面を見つめていると社長が入ってきた。
社員全員、一斉に立ち上がる。
「真辺さんに俺が金曜日あんま飲みに行ってないって」
「……あぁ」
社長の一声で全員挨拶をする。