「すみません、お疲れ様でした。じゃあ佐倉、また明日な」
「あ、はい」
「ちょっ」
石津恵美が智希の腕を掴もうとした瞬間、流石バスケ部エース、簡単に擦り抜け自転車をこいで走り去ってしまった。
ポツン。石津恵美は何か言いたそうだが智希が去る跡を目で追うだけで何も喋らなかった。
悔しそうに口をへの字に曲げると、智希を見送り最寄り駅へ向かおうとした佐倉の腕をガシリと掴んだ。
「わっ。なんスか」
「佐倉君!智希君の彼女ってどんな子?!」
「聞いてどうすんの」
心底めんどくさそうにため息をつくと、掴まれた腕を振り払い歩き始めた。
しかし負けじと石津恵美はついてくる。
「仲良んでしょ!教えて!」
「だから、聞いてどうするんスか」
「……絶対奪う」
馬鹿な女。
あの人には勝てないよ。
フンっと鼻で笑うと立ち止まり振り返る。
醜いな。
こういう女は。
「お疲れ様でした」
蔑んだ顔で笑い挨拶すると、佐倉はそのまま暗闇の中へ消えていった。
その表情にゾクリとし同時に怒りが込み上げた石津恵美だが、下唇を噛んでぎゅっと拳を握りしめた。
「何よ、高校生のくせに生意気……みてろよ」
プライドを傷つけられたのか。
石津恵美は立ちすくんだままボソリと呟いた。
「ただいまー」
いつもより少し小さめの声で言うと、智希はリビングには向かわずすぐ風呂場へ向かった。
「ん?智希?」
ソファの上で夕刊を読んでいた有志は微かな物音に気付きドアを見ると、磨りガラス越しに人影が見えたがすぐに消えてしまった。
首を傾げながら立ち上がり夕刊をテーブルに置いてリビングを出た。
シャワーの音が響く。
「智ー帰ったのか?」
「んー」
浴室から曇った声が聞こえる。
「ご飯は?」
「今日も弁当持っていってそれ食べた」
「そうか」
智希は毎週木曜日、授業が終わると受験対策の為の授業に出ている、ということになっている。
最近は弁当を二つ持ち、休憩を挟む時に食べていると嘘を言っていた。
実際は育ち盛りの高校生はペロリと弁当二つ分を食べ、ミーティングが終わるとすぐにバイト先へ向かっていた。
イタリア料理のため匂いが移りやすく、髪の毛まで香ばしくなるため智希は家に帰るとすぐに風呂場へ走った。
しかし、本人の意思など知らず有志はその行動に肩を落としているわけで。
また今日もすぐに風呂か。
本人は汗くさいからすぐ風呂に入りたいって言ってたけど。
「なんか、淋しい」
有志は小さなため息をつくと風呂場をあとにした。