ボールを取りコートから出ると、特にどこへ行く予定もないので帰ることにした。
13時か。
家帰って一眠りして勉強でもしよう。
とぼとぼと家路につき扉を開けると、中からいい匂いがした。
「?」
いい匂い?違うな、焦げてる匂い?
まさか。
「っ!!ちょっ…!父さん!」
勢い良く靴を脱ぎボールを持ったまま台所へ行くと、エプロンをつけ眉間に皺を寄せている有志が包丁を持って立っていた。
「あ、おかえり」
皺はすぐ平坦になり普通の顔に戻る。
「なにしてんの!ちょっ!煙煙!」
「へ?ああああああ」
フライパンから黒い煙が立ち込めている。
有志の体を擦り避けてコンロの火を止めた。
どうやら、ハンバーグ(らしきもの)を作ろうとしていたらしい。
「あはは、ごめんごめん。いちょう切りってどんなんだっけーって思ってたらハンバーグ作ってるの忘れてた」
「危ないなーもう…父さんは台所立ったらダメだって言っただろ」
「そんなこというなよお前がどっか行ってたみたいだから昼飯でも作って待っててやろうって思ったんだろー」
「………」
また、大きな溜息がでる。
でもこの溜息は先ほどの溜息とはまた少し違う。
「ハンバーグが食べたかったの?」
「いや、冷蔵庫の中にハンバーグなら作れそうな材料があったから…」
「奥行ってて」
「え、でも」
「折角だしハンバーグ作るよ」
有志が握り締めていた包丁を奪い台所から追い出すと、バスケットボールをリビングの端に置いて手を洗い始めた。
器用に自分用のエプロンをつけると、冷蔵庫の中を確認し確かにハンバーグが作れる材料が揃っていることに頷く。
「あ、でもハンバーグ作れるかなーって思って作ろうとしただけだし、智希が食べたいもん作れば」
有志は追い出されたものの申し訳なさそうに再び台所に戻ってくると、自分より背の高い智希の背中に一生懸命叫んだ。
智希は冷蔵庫から玉ねぎを取ると料理人並に細かくみじん切りを始めた。
「別に、ハンバーグ作るよ」
今は料理人モードだ。
「でっでも」
「だからいいって、俺もハンバーグ食べたくなったから。父さんはソファにでも座ってて」
「…うん…」
有志は一瞬息を飲んだ。
こんな男らしく笑う子だったか。
昨日のあの行為の所為で意識してしまっているのか、それとも智希が変わったのか。
とりあえず昨日が二人を変えたということは間違いない。