「智希(ともき)ー」
バタバタと走りながら名前を呼ぶ声が家中に響く。
ここは泉水(いずみ)宅。2階建ての平凡な一軒家だ。
朝8時を過ぎ自転車通勤の高校生がいるこの家では遅刻を心配し父親が悲鳴に似た声を張り上げていた。
しかも今日は始業式。
自分のことのように焦る父親は再びネクタイを締めながら返事のしない名前の主に、先ほどより少し怒り気味で声を出す。
「ともー!早く出ないと本当に遅刻っ」
「あーもううっさい、わかってるって。携帯探してたの」
「携帯なんかいいから」
「もう見つけました。いってきまーす」
階段を降りる息子の智希と、階段を見上げながら途中まで上がる父親。
途中で目が合い、智希は若干馬鹿にしたように見つめながら携帯をプラプラと見せつけ、玄関へ体を滑らせた。
俺が好きなこの人は、好きになってはいけない人。
禁忌中の禁忌。
「忘れ物ない?今日は俺も仕事昼までにしてもらったから、学校終わったら連絡して」
「おー」
玄関でスニーカーを履き、先ほど見つけた携帯を鞄に押し込む。
玄関扉についている鏡で前髪をチェックすると、振り返り心配する父親にニコリと微笑んだ。
「部活がどうなるかわかんないけど、たぶん12時ぐらいだと思う」
「ん、いってらっしゃい」
俺の、好きな人。
この世に二人だけでいい。そしたら悩まなくていいのに。
他人や世間の目を気にしなくていいのに。
好きになってはいけないとわかっていても、もう止める術を無くしてしまったこの感情。
好奇心や、家族愛なんかじゃない。
止めれるもんなら、止めてほしいよ。
「いってきます。父さん」
父、有志(ゆうし)に笑顔を向けると、ガチャリと扉を開け家を出た。