「お前は強くなるよ。頑張れ」
「…………」
じゃあ、と聞こえると、智希は再びiPodを身に付け歩き出した。
家に帰る気だ。
「………泉水さん」
「ん?」
イヤホンを耳に当てた直後呼び止められ振り返ると、へばって寝転んでいた佐倉が起き上がりあぐらをかいて座っていた。
佐倉の姿は少し遠く見えにくいけど、それでも整った顔はどんな表情をしているかわかる。
少し、辛そうだ。
「後悔しないでくださいね」
「この前の?」
「えぇ」
手に持った自分のバスケットボールを見つめると、ポンと高く上に飛ばしてはキャッチしての繰り返しを続ける。
何を言えばいいか、迷っているのだ。
「後悔、か」
「なんか昨日の先輩、部活中ちょっとぎこちなかったから」
「そりゃぎこちなくなるだろ」
「そだね」
ははっと笑う佐倉の声がコートに響き空中に溶け合うと、どこからともなく電子音が流れてきた。
どこかの時計台が18時になったことを知らせているのだろう。
やばい。遅刻だ。
早く家に帰ってシャワーを浴び出かける準備をしないといけないのだけれども、その場を動くことは出来ずただひたすらボールを高く上げ、キャッチする。
「そうだ昨日、ごめんな」
「だから、同意の上なんだから別にっ」
「じゃなくて、部活で20周レースあるのにその……その…」
尻すぼみに言葉は途切れ段々自分は何を言っているのだと恥ずかしくなってきた。
佐倉はあぁ、そういうことかと頷きながら立ち上がると少し嬉しそうに近づいてきた。
「別に。むしろ先輩とやれてすんげぇテンション上がったからその日いいタイムが出たのかも」
「お前ね…」
佐倉も自分のバスケットボールを拾いネットに入れている。
帰ろうとしているのだろう。
電気が急に付きほのかにライトアップされたそのコートには男二人しかいなくて、すぐ近くは道路だと言うのに車の通る音すら聞こえない。
まるで二人だけの空間のようだ。
「俺どうも、Mみたい」
「………」
ゆっくり智希に近づき顔の近くでニコリと笑うと、淡いライトがさらに演出してとても妖艶に見える。
ダメだ、ここで盛っては。
智希は必死に理性を保とうとズボンのポケットに手を入れ出口に歩き出した。
佐倉もその後を着いてくる。
「じゃあ俺、この後用事あるから」
「あ、泉水さん」
「ん」
「携帯の番号教えてよ」
「別にいいけど」
携帯を取り出していた佐倉に自分の携帯も突き出すと、自分の情報を送り、そのあとすぐ佐倉の番号も送られてくる。
佐倉は嬉しそうに口を少し緩ませながら携帯を操作していると、あっと言葉を発し智希を見つめた。
「……なに」
「姫川」
「姫川がなに」
佐倉と姫川、仲がいいのか?そう疑問に思っていると、佐倉は智希の腕を掴み眉間に皺を寄せた。