「お疲れ様っしたー、お先失礼します」
「おー」
「あ、智今日飯食いにいかね?」
「すみません、俺飯当番なんで」
「こいつ毎日飯作ってるって、この前言ってただろ」
「あっごめっそうだった」
ご飯に誘った先輩がすまなさそうに智希に謝ると、智希ももう一度先輩の方へ振り返り目じりを下げ笑った。
「いいっすよ。また今度昼飯誘ってください」
「おぉ!」
「じゃあ、お疲れ様っす」
「お疲れー」
バタンっと扉が閉まる音が聞こえ、先ほどまで1年生の話題で盛り上がっていたメンバーも少々複雑そうな顔をしている。
「あいつすげぇよな毎日遅くまで部活して、んで家帰って飯作って」
「でもそんな母親がいないことは気にしてないみたいですよ」
「そうなの?」
後輩であり智希と同学年の阿部が携帯をいじりながら口を開いた。
「なんか、母親が亡くなったのは小さすぎて覚えてないって」
「確か3歳とか言ってたな…」
「そら無理もねえな。母ちゃんが恋しい時期はもう越えてしまったんだろうな…」
勝手に妄想し、勝手に悲しくなっている先輩達は、きっと良い人なんだろう。
「あいつ、一度も母親をほしがったことないんだって」
「へぇ」
「そんなもんなんかねぇ」
平和に語るこの光景は、智希にとっては息苦しいかもしれない。
なぜ、母親を欲しがらないか。
突っ込まれたら何も答えることは出来ない。
それは、わからないのではなく、言えないからだ。
明日父さん結婚式の2次会だから今日は胃に優しいもんにすっか。
まるで新妻が夫の体をことを考えているかのように今日の献立を考えていく。
バスケ部専用の体育館を抜けて下足室へ行こうとした瞬間、また呼び止められた。
「先輩」
「…………」
嫌な、予感がする。
だからと言って立ち止まってしまった以上、振り向かないわけにはいかない。
恐る恐るゆっくり振り返ると、掃除が終わったばかりなのだろう、息を切らした姫川が立っていた。
なんだ、姫川か。
嫌、十分恐ろしいか。
手には汗で湿ったタオルを持ってトコトコと走ってくる。
小型犬みたい。思わずそう思った。