第2章
67


有志は智希に声をかけなくなった。
いや、かけられなくなった。

智希が台所でご飯を作っていても、風呂場で顔を合わせても何も言わない。

とても辛そうに目を伏せるだけ。


入ってくるな。
そう言われて声をかけることができなくなってしまった。
ストッパーがかかったように声を出そうとすると胸が痛み呼吸が浅くなる。

それでも必ず言う言葉はある。

「ごはん、ありがとう。いただきます」、そして「いってらっしゃい」だ。

ご飯を作ってくれる。
家に帰ってきてくれる。

それだけでも十分ありがたいことじゃないか。

ムリヤリそう思う事で平静を装っていたのかもしれない。



一方の智希の胸はギシギシと痛み呻いていた。



日曜日。

「こ、これから練習試合?」

智希が朝早くに玄関で靴を履いていると、音に気づいたのか有志が部屋から出てきた。
深く踏み込みすぎないように恐る恐る話しかけているのがよくわかって、やはり痛々しい。

「頑張って」

「……」

それでも智希はまだ、どうしたらいいのかわからない。

本当は振り返って顔を見たい。
いってきますと笑顔で言いたい。
試合に見に来てよと言いたい。

でもどう言ったらいいのかわからず沈黙することしか出来ない。
なんでも率なくこなすと言うのに、対人間に関してはまだまだ未熟で子供。

早く、話がしたいのに。


「い、いってらっしゃい!」

結局今日も、有志の目が見られないまま出てきてしまった。
玄関を開け外に出ると、スポーツバックをかけ直し空を見る。

腹が立つほど、快晴だ。

「はぁ」

大きな溜息をつきながら集合場所の高校へ向かった。





電車で30分ほどのところに練習試合を行う高校があった。
智希がついた頃には1年生は全員来ていて、準備運動をしている。

智希もすぐ更衣室へ案内されると、ユニフォームの上にジャージを羽織り体育館へ向かった。

「おはようございます」

「はよ」

一番最初に声をかけてきたのは佐倉だった。
前ほどではないが、また部員達がざわついている。
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