智希は無言で買ってきた食材を冷蔵庫に直しながら、何か考え事をしているのだろうか眉間にしわが寄っている。
「練習試合どこで?何時から?行くよ」
冷蔵庫の前でしゃがむ智希を見下ろしながら、必死に訴えているというのに。
今の智希には響いていないようで。
「いい」
「大丈夫だって、今仕事暇だから…なんだったら平日でも有給取って」
「いいって。練習試合だし」
「でも佐倉君、監督が大事な試合だって言ってたって」
「っ……」
「えっ」
ガタン。
大きな音を立てて何かがばらまかれた。
智希が直していた野菜たちだ。
冷蔵庫の周りに食材が散らばったと思ったら、有志は簡単に足払いをされ床に押し倒された。
「つっ…」
それは突然だったため有志は背中を強打した。
驚いて見上げると息を荒げた智希が覆い被さっていて、熱い息がかかるほど接近していた。
「ちょ、智っ!」
振りほどこうと思っても、完全な力の差でビクリともしない。
肩を押さえられさらに抵抗出来なくなると、何か喋らないと。そう思う有志だが冷や汗ばかり出てくる。
「と、智希。落ち着け。ごめん、俺が悪かったから」
「それは何に対して」
「っ………」
心臓が、鷲掴みにされたよう。
「入ってこないで」
「智希……」
震えている。
泣いているだろうか。
いや、泣いてはいない。
怒り、悲しみ。
何にたいして震えているのか。
智希本人にもわからない。
「ごめん、今日のご飯はなんか適当に作って」
「とっ」
ボソリと言葉を発すると、あんなに高揚していたというのに、智希は簡単に有志から離れ台所を出て行った。
二階の扉が閉まる音が聞こえる。
有志はまだ、立ち上がれずにいた。
倒れた時の背中の痛みと、智希に拒絶された痛みが連動して涙が流れる。
冷たいフローリングの上で、有志はひたすら声を殺し下唇を噛んだ。
これじゃあ拗ねてるだけじゃないか。
「父さん」
部屋に戻った智希は膝をつきながら崩れ落ちた。
静まり返った部屋は何も映し出してくれないし、何も答えてくれない。
自分が何をしたいのか、どうしてほしいのかわからない。
生まれて今まで有志に逆らったことがなかった。
逆らおうと思わなかった。
いつでも隣にいてくれて、いつでもいい意味で自由にしてくれた。
辛い、悲しい、苦しい。
その感情を父親にぶつける術を、智希は知らなかった。
避けるしかない。
遠まわりで幼稚な行動。