第1章
10
智希は忘れていたかのように気のない返事をすると、肩に下げた鞄をかけなおしながら真藤を見た。
風が、まだ冷たく肌寒い。若干顔が歪む。

「俺は部活だから行けねえけど、なんか井口達が合コンするから人数集めててさ。お前いかねーかなって」

「………合コン」

「…おまっ…!親がいる前でそういうこと言うなって!」

「ほいほーい。じゃあね〜」

ぷらぷらと手を振りながら運動場へと歩いて行く真藤に、智希は精一杯の睨みをきかせ唸った。



今日、有志が仕事を半休したのには理由があった。

「ただいまー」

近所のカフェでランチを済ませ早々に帰ってきた二人は、特にどちらかがそうしようと言ったわけではなく、当たり前のように仏壇のある部屋へ行く。
今日は智希の母であり、有志の妻である、沙希(さき)の誕生日だ。

「母さん、誕生日おめでとう。ちゃんと高校2年生になったよ」

「……智希ももう17歳だ。早いね。君が逝ってから14年だね」

まだ外は明るいため電気はつけず太陽の光だけで照らされる仏壇の中にいるのは、一枚の髪の長い女性の写真。
智希に似ていてニッコリと笑うその笑顔は、誰からも愛される素敵な雰囲気を持っている。

14年前。智希が3歳の時に沙希はこの世を去った。
前方不注意によるトラックにはねられ、即死だった。

3歳の頃の思い出はほとんどなくて、智希はこの写真と数枚しか残っていない家族写真でしか母親の顔を知らない。
小学校の低学年まではよく寝る前有志が母の思い出を語っていた。
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