繋いだ手から熱が伝わる。照れ臭くて、離して欲しくて繋いだ手に力を籠められないでいると、逆に彼の握る力が増す。結局、手を振りほどくこともできずそのまま彼に腕を引かれるまま歩く。どうやら彼は私の歩幅に合わせて歩いてくれているらしい。そういう優しさに気づく度、嬉しくなる半面少し複雑だ。私は彼の優しさに、応えられるわけではない。 「どこに、行くんですか?」 「ああ、そういえば決めてなかったな」 彼は少し悩んで私の方を見た。私にふられても、私自身も特に考えていなかったから困る。暫く考えたけれどやはり特に思いつかず、結局このままぶらぶらと散歩することになった。 恐れていた通り、沈黙が続くけれど別に苦ではなかった。ただ恥ずかしくて、恥ずかしくて。少し遠くを見たり、流れていく人や車に目を向けてみたりする。彼はまっすぐ前を見ている。いま、どんなことを考えているんだろう。 「松岡さん、あの…」 彼を見上げながら声をかけると、私よりも幾分背の高い彼は私を見下ろしてくる。 「なんだ」 「江ちゃんとは、いつもこうやって手を繋ぐんですか?」 え。あれこんなこと聞くつもりじゃなかったのに。どこかお店入りませんか、とかそんなこと聞くつもりだったのに。 恥ずかしくなって下を向いていると、上から彼の声が降ってくる。 「あー…まぁそうだな。腕組んだりもするな」 「そう、なんですか…」 思っていた以上に仲の良い兄弟らしい。驚いた。私なんて実は男の人と手を繋ぐのなんて今日が初めてなのに。そんなこと恥ずかしいから絶対に言わないけれど。 「日野って、兄弟いるのか」 「いや、一人っ子です。だから松岡さんみたいな仲の良い兄弟って憧れます」 その後、しばらく江ちゃんの話を聞いた。どうやら本当に仲が良くて、よく恋人とも勘違いされるとか。常に江ちゃんから松岡さんの話は聞いていたから、それと照らし合わせて二人ともの気持ちに思わず頬が緩む。私も兄弟欲しかったなぁ。 「それより、お前さ…」 松岡さんが少し難しい顔をしながら私を見る。 「その”松岡さん”っていうのやめてくんねぇか」 「えっと、じゃあ何て呼べば…」 「凛でいい」 「え、でも…」 男の人を呼び捨てで呼ぶのはどうも慣れない。名前で呼ぶという事はもう特別なような気がして、恥ずかしくて、できない。いや、彼にとって私は特別なのかもしれない、けれど…。 「でも、その……じゃあ、凛さん、でいいですか?」 「ああ、まぁそうだな。それで頼む」 そう言って少しはにかんだ彼の顔が可愛くて、こっちまで恥ずかしくなる。ただ名前を読んだだけなのに恥ずかしくて、握った手に力を込めた。そうするとそれに応えるように彼も手に力を込めた。 ← 3 → back |