腕時計を何度も確認しながら、最寄駅のホームのベンチに一人で腰掛けていた。少し早く来すぎてしまったらしい。向こうは練習が終わってから来ると言っていたから、まだ少しかかるのかもしれない。
何をするでもなく、携帯を開いては手持ち無沙汰になり閉じる。という行為を繰り返していると、自分の隣に誰かが腰掛けたのが分かった。…きた。

「悪い、待たせたな」
「いや、えっと、練習お疲れさまです」

一気に身体中の毛がそわそわと逆立つ感覚に襲われる。どうしたらいいか分からない。彼の、松岡さんの顔をちらっと見ると彼は無表情でこちらを見ている。

「どうしたんですか?」
「…いや、なんでもない。とりあえず散歩でもするか」

そう言うと彼は先に立ち上がり、私に手を差し出してきた。

「え、えっと…」

いきなり手を繋ぐだなんてハードルが高すぎる。付き合っているわけでもないのに。

「いいから」

そう言って松岡さんは私の手を半ば無理矢理引いて、その場に立たせた。彼にとって手を繋ぐことは造作もないことなのかもしれない。何より、私は江ちゃんと同い年だし、妹みたいな感覚なのかもしれない。





それは、突然の出来事だった。
県大会が終わり、選手が帰り支度をしている頃、たまたま廊下に一人でいる松岡さんとすれ違った。話したことはないけれど周りからの話を聞いているから知っている。でも向こうは知らないだろうと思い通り過ぎようとした時、いきなり背後から呼び止められた。

「おい、お前……、日野」

呼び止められた事実もだが、名前を知られていたことにも驚いた。まぁ大方、江ちゃんが話したんだと思うけれど。

「なんですか?」

振り返ると松岡さんと目が合った。彼と目が合うのは初めてではない、と思う。何度か目が合ったことがあった気がする。
江ちゃんと同じ瞳の色。綺麗だなぁ。

「このあと、時間あるか」
「え、えっと…」

この後みんなで集まらなければならないけれど、少しなら時間はある。でもどうして彼が、そんなことを聞いてくるのかが分からない。どこから聞くべきかと考えていると松岡さんは焦れったいのかこちらの答えを待つ前に言葉を続けた。

「分かった。すぐ済むから今でいい」

今でいいって私の意志は?
とか考えているうちに「来い」と一言告げて松岡さんは私が付いてくるのを前提に歩き始めた。歩くのが速いので慌ててその後を追いかける。
それより私に用事って、一体なんだろう。

彼の後を追いかけるように付いていくと、そこは人があまり来ない会場の裏側だった。こういうところでよく告白されるんだろうな、と思い至って顔に熱が集まるのが分かった。そんな、まさか…いやいや、そんな訳ない。だって、話したこともないのに。

「いきなり連れてきて悪いな」

立ち止まり、そっぽを向く彼の耳は赤い。

「まぁ話したこともねぇし、いきなりでビビったとは思うけど…その、なんだ」

彼はそこまで言うと、少し赤らんだ頬で私の目を見てしっかりと告げた。


「お前のことが好きだ。…おれと、付き合ってくれ」




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