本日、初めて鮫塚学園の男子寮に潜入します。
男子寮しかないけどね。


「俺の部屋、来ねぇか?」

たまには違うことを、ということで凛が提案してきた。もちろん断った。入口には管理人さんがいるわけだし、バレたら大問題だし、何より部長である凛が風紀を乱すなんて…といろいろと反論は試みたんだけれど、結局私も自分の好奇心に負けてしまった。
実家の凛の部屋すら見たことないのに、いきなり寮の部屋なんてハードルが高い。しかもどうやって忍び込むかとか色々考えなければいけないけれど、凜は任せておけと言うばかりで詳細を教えてくれない。

そんなこんなで当日になり、私は今鮫塚の校門近くにいる。入校申請などは必要ないので入っていても良かったんだけれど、凛に迎えに行くから待ってろ、と言われた。まったく、今日の詳細くらい教えてくれてもいいのに。

「深雪、お待たせ」
「凜、久しぶり」

会ったら言うことがあったはずなのに、嬉しくて思わず抱きついてしまった。凜は照れながらも嬉しそうに私を抱きとめて、頭を撫でてくれた。

「それで、どうやって忍び込むの?」
「ほい。これ被れ」

渡されたのは茶髪ショートのウィッグ。服は凛のジャージを渡された。

「え、こんなことで何とかなるものなの…?」
「まぁ大丈夫だ。きっと」

他に方法を私も考えてきたわけではないので、大人しく渡された物に着替えた。着替えて凛の前に姿を表すと、凛は目を丸くした。

「お前ショート似合うな。今度ショートにしてみれば?」
「いや、いまそんなことよりも男装として成り立つかが聞きたいんだけど…」
「まぁ、女っぽい男ってことで通るんじゃね」
「大丈夫かなぁ」

心配な私を置いて凛は私の背を押すように鮫塚学園に戻ってきた。さすがにこの格好で手を繋ぐわけにはいかず、手は手持ち無沙汰だ。休日の昼間だが、みんな部活や出掛けてたりとあまり校内に人影はない。
合同練習などで来ているから慣れているはずの校舎が今日は違って見える。暫く歩いて着いたのは目的地の寮。あたりは誰もおらず、寮にもあまり人影がない。

「いくぞ、大丈夫か」
「うん、…頑張ります」

凛の後を続くように寮内に入る。管理人さんに挨拶をする凜の真似をして頭だけを下げると、管理人さんは笑顔でお疲れ様、と言ってくれた。どうやら、バレなかったらしい。
はやる気持ちを抑えつつ、階段を上って凛の部屋の前で立ち止まった。

「ここだ」
「…お邪魔します」

凛が鍵でドアを開け、それに続いて恐る恐る部屋に入ると誰もいなかった。いないから来てる訳だけど。部屋には凜の香りと、誰かの香りが混ざっている。二段ベッドと、二人分の勉強机があって、もう一人の住人の痕跡が見受けられる。
男の子の部屋なんて遥先輩の家しか知らないからとても新鮮だなぁ。

「なんとかなったな。良かった良かった」
「怖かったぁ…」

ホッとしてウィッグを外していると、凛が2段ベッドの下に座り、隣に座るように誘ってくる。

「着替えるか?」
「んー、でも帰りまた着替えなきゃいけなくなるし、いいや」
「そうか」
「それに…」
「それに?」
「…なんでもない」

続きを言うのが恥ずかしくなって、思わず顔を反らすと、凛は私を抱き寄せて耳元で囁いた。

「なんだよ、気になるだろ」
「やだ、恥ずかしい…」
「恥ずかしいって、着替えてるところを見られたくないから、とかか?」
「それもそうだけど…」

着ているジャージが凛の物だから、凛の匂いがして心地よいとか変態臭くて恥ずかしくて言えない。

「…じゃあなんだよ?」

問いながら凛は私の身体の匂いを嗅ぎ分けるかのように、首筋のあたりに鼻を寄せている。

「凜、くすぐったい」
「んー、なんかお前から俺の匂いがするって変な感じだな」
「そう、かな?わたしは嬉しいけど…あ、」

口が滑った。慌てて訂正しようとするけれど、凛も気付いたようでニヤつきながら私の首筋に音を立ててキスをした。

「なるほどな。そういうことか」
「もう、だからくすぐったいってば」

そのまま二人で寝転びながら、下らない話をたくさんした。こうやって部屋の中で二人でダラダラと過ごすのは初めてだ。誰もいない二人きりの空間だから、いつもよりも素直になりやすくて、いつもよりも甘えられる。

気付けば少し寝ていたようで、トイレに行きたくなって目を覚ませば、凛の顔が目の前にあった。凛も私の腰に腕を回しながら寝ている。この様子ではトイレには行けなさそう。

「寝顔、はじめて見た…」

サラリとした髪に手を伸ばし、顔にかかる髪を少し避ける。穏やかに眠る寝顔に思わず見とれていると、鍵を開ける音が聞こえてきた。

「え、うそ…」

とりあえず布団にでも隠れなければ、と思い布団を引っ張るが凜が布団を踏んでいて思うように引っ張れない。けれど何とか体を丸めて布団の中に入ると、凛が嫌そうな声を漏らして、私の腰に回している手に力を込めた。

---ガチャ
扉が開いてしまった。

「ただいまー…って、寝てんのか」

どうやらルームメイトらしい。名前は確か、宗介さん。今日は出掛けていると聞いていたけれど、もう帰ってきたらしい。
荷物を置いて、ベッドの階段を登る音が響く。心臓は早鐘のように鳴っていて、布団の中にいることも相まって体が熱い。凛の腕を解きたくて試行錯誤するが、どうにも解けそうにない。下手に起こすわけにもいかないし、どうしよう…。
宗介さんは私達の真上、二段ベッドの上に寝転がったようだ。

「ん…」

凛が目を覚ましかけているようだ。腕の力が抜け、片腕が外された。よし、このまま起きて、凜。

「んん、…深雪、」

名前を呼ばれてほんの少しドッキリしたけれど、今はそれどころじゃない。
凛は寝ぼけているようで、手探りに私の頭を見つけると、私の頭を撫でた。

「おまえ、そんなとこで何してんだ…もっとこっち来いよ」

体が引き寄せられるけれど、慌てて凛の腕を抑え抵抗する。すると、凛が少しずつ不機嫌になっていく。

「お前どうしたんだよ…」

引き寄せられるまま、凛の顔を覗き込むと、凛の目はまだ開いてなかった。取り敢えず凛の耳元に口を寄せ、小さい声で話しかける。

「凛、宗介さん帰ってきた」
「そうすけぇ?」

眠そうに目を擦りながら、凛はゆっくりと目を開け、私の顔をじっと見ている。頭が追いついていないらしい。

「…そうすけ?」
「呼んだか、凛」

二段ベッドの上から声だけが聞こえ、凛は驚いて飛び起きた。

「宗介!?お前、いつのまに帰って来たんだよ!?」
「あーさっき。寝てたのに起こして悪かったな」

凛は慌てて私を布団に隠した。耳元で私に謝った後、体を起こし、ベッドから出た。

「宗介、お前今日もっと遅い予定だったんじゃ」
「そのつもりだったんだが、予定が変わってな。早く帰ってきたら何かマズイことでもあったのか?」
「いや、別にそんなことは…」
「ふーん?」

布団にもぐっているので二人の声しか聞こえない。凛はたぶん、焦っているんだろう。宗介さん中々鋭いし。

「それより、さっきお前が寝言で言ってた深雪って誰?彼女?」
「え、あ…ああ、まぁ」
「お前の彼女なぁ。今度会わせてくれよ」
「あ、ああ。もちろんだ。それにハルたちのマネージャーやってるからすぐ会えるぜ」
「それは楽しみだな」


それから暫く二人は会話を続け、気づいたはわたしはそれを聞きながら寝てしまったらしい。
ふと目が覚めると、凛がまた隣で寝ていた。凛は私の顔をじっと見つめている。どうやら寝顔を眺められていたらしい。恥ずかしくて思わず布団をかぶると、引きはがされた。

「…宗介は今いねぇよ」
「ほんと?」
「ああ、」

ホッとして凛に抱きつくと、額にキスをされた。嬉しくて顔を胸板に擦り寄せていると凛はくすぐったい、と言って笑った。

「ねぇ、凛…」
「おい、凛…」

私が凛を呼ぶのとすぐ同時に、扉の音と共に誰かの声がした。

「え、」
「あー…やっぱりな」

扉の方を見やると宗介さんとバッチリ目が合った。バレた。慌てて隠れようとしたけれど、今更どうしようもなくて、ただただ恥ずかしくて布団に被った。凛は溜息をついて起き上がった。

「…やっぱりってお前、気付いてたのか」
「まぁな。なんとなくだが朝からお前がそわそわしてたから気付いてた」
「…言うなよ、誰にも」
「分かってる。俺もそんな野暮じゃねえよ」

凛は私の頭の辺りをポンポン、と撫でる。

「しゃあねぇ。深雪、ついでに宗介に挨拶しとけ」
「…うん」

布団から出て、恐る恐る宗介さんと対峙する。こんな形で誰かと会うなんて思わなかったから恥ずかしくて、顔が熱い。

「初めまして、えっと…岩鳶高校水泳部のマネージャーやってます、日野深雪です。宜しくお願いします…」
「山崎宗介だ。凛とは小学校の頃から付き合いだ。よろしくな」

手を差し出されて、素直にその手を握り握手を交わした。大きい手だなぁ。

「…で、どうやって忍び込んだのかと思えばそういうことか」
「え?」

宗介さんの目線を追うと私の服装を見ている。そういえば着替えていないから凛のジャージのままだ。

「えっ、ああ、えっと…その、」
「宗介、じゃあ俺コイツと飯食ってくるから」

凛は慌てる私を庇うように宗介さんに告げた。ウィッグを渡され、私はそれを持ってトイレでそれを付けると、宗介さんはそれを見て笑った。

「へぇ、なかなかいけんじゃん。それならあんまり分からねぇな」
「うるせぇ、あんまりコイツを揶揄うな」

お邪魔しました、と言ってすごすごと私は凛に連れられ外に出た。鮫塚を出た後は服を着替え、元の姿に戻った。やっぱりこっちの方がしっくりくる。手を繋ぎながら歩いていると、凛はホッとしたのか溜息をついた。

「悪いな、今日」
「びっくりした」

謝られても、仕方のないことだからどうしようもないし、それに宗介さん優しかったからきっと問題にはならないだろう。でも欲を言うならば、もっと部屋にいたかったなぁ。

「今度お前んち行こうぜ」
「え、でも…」
「親御さんいるか」
「まぁうちの両親すぐ旅行行くからいない時もある、よ」
「本当か」

凛はニヤリと笑った。ここ最近はあまり無かったから、そろそろ旅行に行ってしまう時期だ。良い年をして私の両親は仲が良い。

「じゃあ、その時は泊まりだな」
「え、と、泊まるの!?」
「ダメか」
「ダメじゃ、ないけど…」

想像してみた。凛と一日中一緒にいられることを。今日みたいに何をするでもなく、二人でずっと布団でゴロゴロしているのも悪くない。

「…なんだ、お前も楽しみなんじゃねえか。顔緩んでるぞ」

目を反らして、遠くを見た。ご飯を食べに出たけれど、まだ少し早い。

「凛、少し散歩しよ」
「ああ」

手を繋ぎながら、いつものように私達は海岸を目指して歩き出した。

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