選手たちの声が室内に谺する。その中に、一人目立つ赤毛の髪ばかりをどうしても目で探してしまう。

今日は鮫塚学園で合同練習だ。鮫塚に来るのは初めてで、ここが凛さんの通う所だと思うと嬉しくて少しドキドキする。

「お、江くんの横にいるのは新入りか?」
「はい!マネージャーの深雪ちゃんです!」

御子柴部長が笑顔で私に手を差し伸べる。その手を取り、握手をしながら挨拶を交わした。

「いいな〜、岩鳶のマネージャーは可愛い子ばかりで。選手たちの士気も上がるな!そうだ。今日くらいどちらか1日だけうちのマネージャーやらないか」
「そうですね!それもいいですね、たまには」

笑顔で答えているが、江ちゃんが何を考えているかなんて分かっている。私にやらせようとしてるんだろう。

「じゃあ深雪ちゃんを今日だけ鮫塚のマネージャーとしてお貸しします」
「本当か!それは有り難いな!」

江ちゃんは可愛らしく私の方を向いてウインクをした。やっぱり、ね。
御子柴部長に手を引かれるまま、鮫塚の更衣室の方に向かった。普段は1年が分担して行っているらしい。やることといっても、基本的に各々タオルやドリンクは持ち歩いてるので記録を付けるばかりのようだ。
更衣室に入るわけには行かないので、外で待っていると記録ボードとストップウォッチを渡された。

「一人で出来そうか?まぁ、江くんと分担してやってくれ。頼むな」
「はい。頑張ります」

部長は江ちゃんが気に入ってるから、江ちゃんに頼みたかったんだろうなぁ。とぼんやり考えているとタオルを渡された。

「あの、これは…?」
「俺のタオルだ。いやー、1回やってみたくてな!女子マネージャーに『お疲れ様です!』ってタオル渡されるやつをな」
「うちは普段そんなことしてませんよ」

面白い先輩だなぁ。クスリと笑うと部長はがはは!と大きく笑った。とても心地よい良い人だという印象を受けた。この人が部長だから、みんな頑張れるんだろうなぁ。
練習が始まり、江ちゃんと一緒に記録を付け始めた。そういえば、まだ彼の姿を見ていない気がする。江ちゃんも同じ事を漏らしていたような気がする。

「おお、松岡。ようやく来たか」
「すみません、遅くなりました」

プールに彼の声が響いた。どうやら用事があって遅れてきたらしい。彼は部長に挨拶をしてからこっちに向かってきた。

「よう、お疲れ」
「お兄ちゃん!どこ行ってたの!?」
「ちょっと野暮用だ」

嬉しそうに駆け寄る江ちゃんの姿を見て、微笑ましくなる。私もこんな風に仲の良い兄弟欲しかったなぁ。
彼の登場にドキドキする心を抑えながら、あまりそちらを見ないように記録を付けていると彼が近づいてきた。

「お疲れ、深雪」

声がすぐ近くで聞こえるだけでもドキドキする。付き合って2週間が過ぎたが、お互いに忙しかったため、会うのはそれ以来だった。

「お疲れ様です、松岡先輩」
「…なんでその呼び方なんだよ」
「え、…まぁ、皆さん私達のこと知りませんし…」
「別に隠す必要もねぇだろ」
「そうですけど…」
「あと、敬語禁止って言っただろ」
「…はい」

返事をしただけでも怪訝な顔をされた。少し落ち込んでいると、彼は私の頭を撫でてから立ち去った。
付き合ってから、メールで凛さんと2つのことを約束した。1つ目は呼び捨てで呼ぶこと。2つ目は敬語をやめること。お互いにもう恋人だから年齢のことを気にしないようにしたい、と言われた。でもやっぱりまだ恥ずかしくて癖が抜けない。

練習の合間に休憩が挟まれた。休憩の時、御子柴部長が期待の眼差しでこちらを見てくるので、慌ててタオルを持って駆け寄った。

「あ、えっと…お疲れ様です、御子柴部長」
「おおおおー!これだこれだ!ありがとう、深雪くん!」

嬉しそうにタオルを受け取る部長の周りに他の部員が物珍しそうに集まる。

「ずるいっすよ部長…!」
「男の憧れを独り占めするなんて!」

あれよあれよと部員に囲まれた。自己紹介してなかったこともあり、名前を聞かれたり色々と質問をされ戸惑っていると、誰かに腕を引かれた。

「お前何やってんだよ…」
「松岡先輩」
「だからお前、名前で呼べって」
「お、お前ら知り合いだったのか」

知ってたならこんな可愛い子紹介しろよ〜と御子柴部長が凛さんに言っていると、凛さんは返事を濁した。すると、部長が目を丸くしてこちらを振り向いた。

「まさか、彼女か?」
「えっ…」
「実は。最近っすけど」

顔が熱い。真っ赤になる私とは対象的に凛さんはどこか誇らしげに部長に告げた。部長は嬉しそうに凛さんの背をバシバシと叩きながら笑っている。周りの部員の反応もどこか嬉しそうだ。

「やっぱりそうか!いやぁ最近松岡の表情が良くなったからな、やっぱりそうか!」
「それは遥さんたちのお陰じゃないですかね」

恐る恐る言うと、部長は笑って否定した。
「それもあるかもしれないが、恋独特の表情だと思ってたんだよ、俺は」
「じゃあ、まさか部長気付いてて、コイツにこんなことさせたんすか」
「む。まぁな」

部長は豪快に笑ったが、どうやらそれは嘘らしい。周りの部員や凛さんの反応から読み取れる。

「まぁ、そういうことなんでコイツのことよろしくお願いします」
「もちろんだ」

笑顔で私の肩に腕を回してくる部長を、凛さんは慌てて私から引きはがした。部長は私と凛さんが慌てている様子を楽しんでいるようだ。

その後、実は江ちゃん以外には伝えていなかったので岩鳶のみんなにも驚かれながらも祝福された。怒られもしたけれど、みんなの祝福がとても嬉しかった。





練習が終わり、みんなに冷やかされながら私と凛さんは見送られ、久しぶりのデートを楽しんでいた。付き合ってからの初めてのデートのため、少し戸惑ったけれど気付けば凛さんのペースに呑まれていた。
手はしっかりと凛さんの手と繋がれている。恥ずかしくてどうしていいか分からず少し擽ったい。けれど、この手を離したくないと思う。もう私は拒否する理由もない。

「深雪」
「はい」
「だから敬語は…」
「ごめんなさい、善処しま…する、ね」

どうしても、ぎこちなく話す私を凛さんは笑って、私の頭を撫ぜた。その手が心地よい。このまま時が止まれば、もしくは続けば良いのになと思った。
彼の影が降りてくる。吐息のかかる距離まできた時、彼の動きが止まった。不審に思い目を開けると、少し意地の悪い笑みを浮かべた彼がいた。

「キスしてぇか?」
「えっ?」

楽しそうに彼は笑う。赤くなる私の顎に手が添えられる。

「『凛、キスして』って言ってみな」
「なっ…そんな、こと…」
「…まだ、早いかなお前には」

優しく笑う彼の顔は少し残念そうだった。諦めて唇を近づけてくるが、それが触れる直前に私が彼の胸板あたりの服を掴んで止めた。

「深雪?」
「り、りん……」

声が、震える。

「きす、したい、です…」

振り絞って声を出す。彼の顔を見れば泣きそうなほど嬉しそうに笑っている。

「…perfect」

そうして、私たちは海風が心地よく吹き込む海岸で、波の音を聞きながらキスをした。


end

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