カラン、氷が溶ける音がする。
目の前に座る江ちゃんも私もメニューを見ながら話すことを考えている。どこから話をするべきなんだろう。いや、江ちゃんはとっくに気付いているんだ。私がどうして付き合おうとしないのか、その理由も全部。江ちゃんには今までたくさん話を聞いてもらっているから。

「深雪ちゃーん、決まった?」
「うん、決まったよ」

それを合図に江ちゃんがウエイトレスを呼び、お互いに注文をした。注文を終えると、江ちゃんは私の顔を見て少し困ったように微笑んだ。

「ごめんね、実は告白する前から聞いてたの。でも深雪ちゃんが言ってくるまではそっとしておこうと思って…。まさか渚くんに見られちゃうとはねぇ」
「だから私の名前、知ってたんだ」

初めのカンは当たっていたらしい。江ちゃんが謝るところなんて何処にもないのに。

「江ちゃんが謝ることなんて何もないんだから謝らないでいいのに。…びっくりはしたけど」
「まぁ、それもそうだね。どっから話そうか」

江ちゃんの話は当たり前だけれど、予想通りだった。大会などで私を見かけて、江ちゃんに名前を聞いてきたのが始まりで、相談を受けるようになったらしい。告白はせめてもっと後にした方が良いとはアドバイスしたらしいけれど、勝手に凛さんが動いてしまったようだ。

「深雪ちゃん、たぶん驚くし困るからやめた方がいいよって言ったんだけどね、勢いだったらしいよ」

江ちゃんに話したい。とは言ったけれど、この様子だと特に話すことはなさそう。話すとすれば、わたしの気持ち…かなぁ。

「じゃあ、もしかして手を繋いだ話も…」
「もちろん聞いた!聞いてびっくりしちゃった」
「でも、江ちゃんとは腕組んだりもするんでしょ?その感覚なのかなぁと思った」
「たぶんそうなんだと思う。でも本気で付き合いたいなら、今はまだ我慢してあげてって言っといたから」

やっぱり。相談を受けてるって聞いたからそんな気はした。きっと江ちゃんは私が自分から手を繋いだことも知ってるんだろうなぁ。…そう考えたら、相談されてるってこと自体が恥ずかしくなってきた。

「深雪ちゃん、顔赤いよ??」

ふふ、と江ちゃんが微笑む。江ちゃん可愛いなぁ。
頼んだ料理が届けられた。そろそろ私の気持ちを誰かに吐き出しても良い頃かな。抱えているばかりも毒になる。


「…あのね、江ちゃん。わたし、怖いの」

江ちゃんは私の目を真っ直ぐ見つめてくる。私は目を見られずに、窓の外に目を向けた。そろそろ夕日が沈む頃だ。

「……また、繰り返すんじゃないかなって。凛さんに、同じことを言われるのが怖い」
「深雪ちゃん…」

江ちゃんは分かっている。私が、前の恋愛のトラウマから抜け出せていないことを。
私が、もうすでに凛さんのことが好きになっていることを。





ちょうど一年前くらいの夏。隣のクラスの男の子に告白された。話したこともなかったし、共通の友人がいるわけでもなかったし、突然の告白で吃驚した。私も彼の存在は知っていたから、せっかくだから付き合ってみようかなと思って付き合った。
一緒に下校したり、遊びに行ったりもした。俗に言う、デート。私は楽しかったし、遊んでるうちに私も彼が好きになっていた。でも今思うと、恋人らしいことは、あまりしなかったかもしれない。
三ヶ月くらい経ったある日、彼に呼び出された。

「…別れて、欲しい」
「え?」

突然だった。ついこの間まで仲良く遊びに行ったのに。

「…日野といるのは楽しいし、落ち着くし、相性はいいんだと思うけど…何だろうな。思っていたのと違うというか、恋じゃなかった。友達でいいかな、お前とは」

彼は私に理想を抱いていたらしい。仲の良い友達にもよく言われる。「見た目と中身が違う」や「第一印象と違う」と。悪い意味でも、良い意味でも言われた。勝手に抱かれた印象と違うと言われても、私にはどうしようもない。




凛さんは…正直私も一目惚れだった。だから告白されて嬉しかったし、今すぐにでもその胸に飛び込んでしまいたかった。でも、怖くて。
こんな格好いい人が私を好きになる?
一目惚れって、また同じことを繰り返すんじゃないか。
それが頭を過り、私は受け入れられなかった。

分かってる、逃げてることは。そんなこと、飛び込んでみなければ分からないのに。
江ちゃんには前の彼のことは相談していたから、きっとそれで私のことを心配して、凛さんに色々アドバイスもしてくれたんだと思う。

「ありがとう、江ちゃん。色々気を回してくれて…」
「ううん、いいんだよ。私は深雪ちゃんに幸せになって欲しいの!お兄ちゃんなら、きっと深雪ちゃんのこと見てくれるよ」

江ちゃんが私の手を握った。真剣な眼差しに射抜かれて、私の決心も固まりつつあった。
凛さんと、向き合いたい。

「あ、深雪ちゃん!!」
「なに?」
「あれ!見てみて!」

窓の外を指さす江ちゃんの指の先には、凛さんの姿が見えた。こっちには気付いてないようだ。
江ちゃんは慌てて携帯を取り出し、電話を掛け始めた。

「え、江ちゃん!?」
「もう覚悟決めたんでしょ!ならもうこのタイミングを逃しちゃダメだよ!」
「え、で、でも…!」
「あ、お兄ちゃん!?今ファミレスの前にいるでしょ?振り返ってみて!」

向こうの声は聞こえない。窓の外の凛さんが携帯を耳に当てながら、こちらを振り返る。目がパチリ、とあった。

「お兄ちゃん動揺してるね」

ふふ、と江ちゃんが楽しそうに微笑む。私は恥ずかしくなって、凛さんから目を逸らした。
凛さんには外で待っててもらい、わたし達はお会計を済ませて凛さんに駆け寄った。

「お兄ちゃんどうしたの?」
「まぁ、ちょっとな」

江ちゃんは凛さんに会うのは久しぶりだったらしい。メールなどはやり取りしていたようだが、たまには家に顔を出すように文句を言っている。
しばらく話したあと、江ちゃんが私にウインクをした。

「あ、いけない。私買い物行かなきゃいけないんだった!深雪ちゃん、先帰るね?」
「そ、そっか。じゃあまた明日学校でね」
「お兄ちゃん、ちゃんと深雪ちゃん送っていくんだよ」
「はいはい」

少し余所余所しい、というか私も凛さんも嘘なのは気付いているけれど、そのままその嘘に乗った。江ちゃんはまたねー!と手を振って駅の方に歩いていった。



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