深い深い夢の中で、私を呼ぶ声が何度も聞こえる。彼―京介―ではない、誰か分からない。でも、確かにずっと私を呼ぶ声が聞こえてくる。その声がする方に手を伸ばそうとして、いつも京介の顔が浮かんで手を引っ込める。そこに行ってしまえば私はきっと、もう二度と京介に会えない。そんな気がする。何故そう思うのか、その声が誰なのかはさっぱり分からない。けれど、これ以上のことは朝起きると忘れてしまう。きっと、今回も。目を覚ませば、忘れてしまう。何か、大切なことのように思うのに。

 夢の中から意識が一気に浮上して目を覚ますと、京介が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。私の額に張り付いた前髪を掻き分けると、京介は私の身体を起こすのを助けてくれた。
「深雪、大丈夫かい?」
 曖昧に頷き、ずっと握っていた京介の腕を離した。――さっきの、は夢?また誰かにずっと呼ばれていたような、気がする。
「ここ最近どうやら夢見が悪いみたいだね。汗ぐっしょりだ。水でも飲むかい?」
 こくん、と頷くと京介は優しく微笑んで私の頭を撫でると冷蔵庫に向かった。
 ここ最近、はっきりとは分からないけれど、私の中の奥底に仕舞いこんである記憶を揺り動かす夢をみる。ずっと誰かが名前を呼んでいて、私を求めている声。けれどそれ以上は何も分からなくて。夢ではもっと何かを見ていたはずなのに、目を覚ますと何も思い出せない。ただその夢が今の私の幸せを付き崩そうとしていることだけは感じていて、いつも目を覚ませば汗をたくさんかいて、京介にしがみついている。
 頬にヒンヤリと冷たい物が触れ、ハッと顔を上げれば京介が私の頬に水の入ったボトルを当てている。京介は不安そうに私の顔を見つめると、そのままボトルを放り投げて私を抱きしめた。
「…そんな泣きそうな顔をしないで、深雪」
 京介は私の髪を梳きながら、優しく諭すように言う。彼の温もりと共に心音が響いてきて、心地よい。
『…京介。お願い、離さないで』
 少し高い位置にある京介の顔を見上げてそう言えば、彼は当たり前だと言ってさらにきつく私を抱き締める。その力強さが心地良くて、私も彼の背に手を回して力を込めた。
 このまま、彼の中に溶けてしまえれば何も考えなくて済むのに。


 7 

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -