兵部の口元が、微かに動いた。
「”撃て”だとよ」
 ――命令が下った。撃たなければ。撃たなければ疑いが晴れない。撃たなければ。裏切り者には死を。それがエスパーの掟。だから、撃たなければ―――…
手が震えてなかなか指先に力が入らず、焦点も合わない。いくらマフィアのボスだからといって、裏切ったからといって、そんなに人を簡単に殺していいのか?――俺の残りカスのような良心が俺を苦しめる。
 その時、俺の肩にそっと優しく触れる手があった。不思議なことに振り返らずともそれが誰か分かってしまった――深雪だ。ただ、彼女は何かをしようとしている。俺の体中の血が逆流しているかのように、熱い。
 ―――その刹那、目の前で兵部が撃たれた。その事実に唖然としていたが、振り返った先で深雪はキョトンとしていたので何かが違うことに気づいた。次の瞬間にはカルロのボディーガード4人が兵部に化けて―――互いを撃ち抜いた。ヒュプノ、か。
「撃てなかったか。やはり、自覚が足りないね。いろいろと」
 声がして振り返ると、深雪を支える兵部と真木さんの姿がある。なんだか深雪はぐったりとしている。兵部が俺に向かって手を翳す―――まさか
「思ったとおりだ。君の能力は数メートル拡大するようだ」
 まさか、とは思ったが兵部の目は穏やかで。どうやらこの配置は俺の能力を確かめるための配置だったらしい。ただ、撃っても問題はなかった。…疑いは何とか払拭できた、のだろうか。
 兵部は俺に向かって何かを投げた。それを受け取り、手の中を見ると―――リミッターだ。兵部と同じ形の。
「君のために特別に誂えた。肌身離さず大切にしろよ?」
 今すぐ付けるように促され、兵部のピンバッチとは違う、ネックレス型のそのリミッターを首にかけた。ふと兵部の方を見ると、深雪が苦しそうに息をしている。
「あの、深雪は」
「君のESP念波に干渉したから少し体調が優れないのさ。気にすることはない」
 ――俺のESP念波に、干渉?
「その話はあとだ」
 パチン、と兵部が指を鳴らすと次の瞬間にはさっきの商談の部屋にいた。
 どうやら相手のボスだと思っていた人間はロボットだったらしく、本物はこの部屋から見える少し遠いところにある建物の中。彼もまた兵部と同じく高超度エスパーで部下たちをサポートしていたが、どうやら俺の無効化能力のおかげでそれを妨害できたらしい。初めから目的は俺の能力の確認と、そしてその利用にあったようだ。
 兵部は深雪の手を握り、その顔を覗き込んだ。
「どうする、深雪」
 深雪はしっかりと頷いた。何のことかさっぱり分からないが、深雪はそのまま兵部の手をギュッと握り締め、それを兵部に見せた。
「わかったよ。でも今日はちゃんと休むんだよ」
 そう言った後、兵部はまたカルロ・マルディーニに向き直り、目つきは鋭いものへと変わる。そして、カルロに向かって手を翳す。
「───かつての友よ、眠るがいい」
 その瞬間、兵部の周りにパワーが集まり、周りの街を巻き込みながらカルロを目掛け力が飛んでいき、そして───その次の瞬間には街ごと全てを破壊していた。
 兵部が一息つくと、深雪がその場に膝から崩れ落ち、それを兵部が支えた。
「…悪い、深雪」
 深雪は大丈夫だと言いたげに首を振ると、そのまま兵部に抱きついた。さっきよりも明らかに苦しそうだ。
「あの、深雪は」
「その説明は後日だ」
 今日はもう帰るぞ、と兵部は深雪を横抱きにしながら歩き出した。深雪は俺を見て儚げに微笑む。また明日ね、とでも言いたげに。


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