京介が仕事をしている間、船尾の甲板で海を眺めていた。太陽の光が甲板に降り注ぎ、光に反射して海はキラキラと輝いている。プールがある方とは違い、ここは人気も少なくとても静かだった。聞こえてくるのはスクリューの音ばかりで、ここには私しかいない。考え事をする時にはぴったりの場所だ。
「…深雪?」
 後ろから声がして振り返ると、そこにはアンディが立っていた。彼は私の隣に来ると、私がもたれている柵に背を預けた。
「何してんだ、こんな所で」
『考えごと、です』
 そうか、とだけ彼は言うと少し黙り込んでしまった。特に聞きたいこともなさそうなので黙っていると、暫くして彼は口を開いた。
「あのさ、敬語使わなくていいぜ?あと、呼び捨てにしてくれて構わないから」
 なんだ、そんなこと考えていたんだ。思わず笑うと彼は不思議そうな顔をした。
「なんだよ?なんかおかしいこと言ったか?」
『そんなこと気にしていたんだなって思って』
「だってなんつーかさ、こう、そわそわするんだよな、敬語使われると。まぁ、確かに俺の方が年上だけどさ」
 年上、ね。彼はさも当然かのようにそう言っているけれど実際は違うと言ったら驚くだろうか。けれど、別に勘違いしていても支障はないのでここは訂正しないでおこう。年齢の話はあまりしたくない。
『じゃあ、ヒノミヤ』
「うん、それでいい」
 そう言うと彼は満足そうに笑った。こうして素直に笑い、反応する彼を見ているとホッっとする反面、彼の後ろに見えるものを思うとゾッとする。どうして彼はその道を選んだのだろう。精神感応という力を持っているため、彼の思っていることが伝わってくることがある。それが、つらい。―――せめて、ここの温もりに触れてこれからの彼が変わってくれたらいいのに。
『…ねぇ、ヒノミヤ。あなたはどうしてここに来たの?』
 そう問えば彼は一瞬だけ目を見開いて、そして少し困ったように笑いながら空を仰いだ。彼のその視線の先には、何が映っているのだろう。
「俺さ、こういう特殊な能力だろ?だからエスパーとしてもノーマルとしてもどっちつかずだからどこ行っても半端者扱いでさ。結構不遇な扱いを受けてきたわけよ。で、兵部と出会ってこの力を、こんな俺でも必要としてくれるっていうから来てみたって感じかな」
 彼は昔を懐かしむようにぽつりぽつりと話す。その声色には憎しみや悲しみは見えない。たとえそれに苛立ちや不満を感じても、彼はそれを受け入れてきたのだろう。
 ――君は何にでもなれるし、どこにでもいける。
 聞きなれた言葉が彼の思念波から伝わってきた気がした。この言葉は、たしか京介が言っていた言葉だったような気がする。それも、憎しみをこめて。
『…ねぇ、ヒノミヤ。ここに来て、良かったと思う?』
「んーまだ分からないな。まだ日も浅いし。ただ、ここの奴らを見ていると何だか羨ましくなるな。みんな、お互いのことを”家族”だって言い合ってて」
 彼は寂しそうに笑う。その頬に手を伸ばし、彼の目を真っ直ぐ見つめる。
『そんな顔しないで。この船に乗り込んだ時点で、ヒノミヤも家族よ』
 ――たとえ、どんな事情を抱えていようとも、私たちを愛し守ろうとしてくれるならば。
「――ありがとう、深雪」
 彼の心が閉ざされていくのが分かる。彼は、悩んでいるのだろう。自分の立場と気持ちの狭間で。
『ヒノミヤ、私あなたを―――』
 信じているから、と紡ぎかけた唇を背後からやってきた人物がそっと手で塞いだ。振り返らなくても匂いや気配で分かる――京介だ。
「相変わらずお前は俺と深雪が話してると邪魔しに来るんだな」
「今日はこれでも見守っていた方だ。有り難く思えよ」
 そう言うと兵部は私の手を引くと有無を言わさず瞬間移動した。
 最後に見えたヒノミヤの寂しそうに笑う笑顔が目に焼きついて、離れなかった。


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