彼の女癖が悪いのなんて、今に始まったことじゃない。

 ある日の昼下がり。研究員である私が珍しく本部の方に来て診察室に寄ると、そこにはやはり彼の姿があった。まだ診察中だというので、折角だし顔でも出そうかと外で待機していると、中の会話が聞こえてきた。初めは極普通に診察しているんだなと思っていたが、途中からどうも雲行きが怪しくなってきた――そう、口説こうとしているのだ。声の性別から言って女だと気付いていたから別に何の違和感もない。ただ、それが本気ではないお遊びだとしてもやはり気持ちの良いものではなく、胸のあたりでギュッと拳を握り締めた。
 外でただ耐えていようかと思ったのだが、さらに雲行きは怪しくなってきた―――もっと診察したいから脱いでください?そんなことしなくてもすべてお見通しの癖に…!
 堪りかねて一応一言謝ってから入室すると、目を丸くした彼と患者がこちらを見た。
「こんにちは、はじめまして。驚かせてごめんなさい。別に脱がなくてもいいので、私にも診せてもらえるかしら?」
「え、あの…」
 患者はいきなりのことで驚いているのか、ちらりと彼を見遣った。彼は内心戸惑っているのだろうが、そんな様子は一ミリも見せずにいつも通り笑顔で、そのまま首を縦に振り患者に促した。それを見てから患者に触れ、暫く目を閉じた。そして目を開けて彼女の向かい側に座った。彼の椅子を乗っ取って。
「えーと、そうね。さっき彼に診察して貰った通りだとは思うんだけど、それに付け加えてあなたは次の月経周期が少しズレます。でも、それは妊娠だとかそういうことではないから安心して。不安がる必要はないから」
 にっこりと笑みを湛えて彼女に告げると、彼女はホッとしたように頷き礼を言って診察を終え帰って行った。それを見送った後、盛大な溜息を吐いた彼を視界の端で捉えながら診察室の外の看板を『休憩中』に切り替えた。
「よう、久しぶりだな。なんか用か?」
 当たり障りのない話題を出して冷静さを取り戻そうとしているのか、彼は淹れたてのコーヒーを渡しながらそう言った。取り敢えず隣り合ってベッドに座ると彼は何事もなかったかのように私の肩を引き寄せた―――この手を、振りほどけたらいいのに。
「本部に用事があって…。特に修二に用事はないんだけど、寄ってみた」
「そうか。ありがとう、会いに来てくれて」
 チュッと軽くリップ音を立てながら修二は私の髪にキスをした。彼の肩に体を預けると、彼はそのまま私をさらに引き寄せ、キスを迫った―――が、私が寸でのところで止めた。
「…やっぱりダメか」
「駄目というか、なんというか…」
 彼は立ち上がって私からコーヒーを取り上げると、それを診察用の机の上に置き、そレと一緒に自分のコーヒーも置いた。そして彼はまた横に座ると私をぎゅっと抱きしめた。彼は困った様に笑っているんだろう、きっと。





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