空は青かった。どこまでも澄み渡って、雲一つなく、美しかった。まるで、今日の門出──私の結婚を祝っているよう。そんな空を見上げていると、私の頬を冷たい滴が一筋、流れ落ちた。
 ベールの下の私の心は、複雑だった。


 彼と出会ったのはお見合いだった。旧家の娘として育った私は今までずっと家のしきたりに従って生き、親の言いつけ通りに16歳の時に彼と出会い、婚約した。何の不自由もなかった。学校でも成績優良者に選ばれ続け、先生の薦めで生徒会役員をこなし、習い事もたくさんして教養も身につけた。今時の女の子よりも古典的な趣味が多いけれど、別に不満ではなかった。本当にそれが好きでやっていたから。
 私はエスパーだったけれど、それは家族とB.A.B.E.Lしか知らなかった。レベルが高いとは聞いているが、詳しいことは知らない。ただ精神感応が使えると言うことしか知らない。親の言うとおりにたまに使うだけで、ほとんど使ったことはない。普段はアクセサリーに誤魔化したリミッターを付けているし、超能力のことなんてほとんど忘れて生きてきた。穏やかな、日々だった。自分の意志はあまり表して生きてこなかったけれど、それなりに幸せだった。
 けれどある日、私の心を乱す人が現れた。彼の名は知らない。月の出る夜に突然現れて、私と話をして帰るだけ。不審者だと通報しても良かった。大声を出して追い出しても良かった。けれど、私は一目見たとき、彼に惹かれてしまった。彼のその美しい銀髪に、心を奪われた。美しい銀髪が月の光に照らされてきらきらと輝き、私を虜にさせた。月夜に照らされる彼の横顔も、美しかった。私は月の出る夜はいつも、窓辺で彼が来るのを待った。彼は毎回来るわけではなかった。気紛れだったけれど、それが楽しみだった。

 私ははじめて、人に恋をした。


 人差し指で流れる涙を拭った。何度も考えて決めたことを今更くよくよ言っても仕方ない。彼は素敵な人だ。真面目で、誠実で優しくて。ルックスも良くて、もちろん家柄も問題ない。みんなに羨ましがられた人だ。だから、何の問題もない───ないはずなのに、どうしてこんなに涙が零れ落ちていくのだろう。式はもう一刻と近づいているのに。わたしはかれを、まっているのだ。ありえないことを、夢見ている。
 カーテンがはらりと舞い上がり、頬を掠める。ふと顔を見上げると、彼の姿が見えた気がした。そんなことはあり得ない。目を擦っても、そこにはっきりと見えるのは紛れもなく、彼だった。
「やぁ。僕の花嫁。迎えに来たよ」
「どう、して…」
 差し出されたハンカチで涙を拭いながら、信じられない気持ちで彼を見つめた。初めて陽に照らされた彼を見たけれど、夜と変わらず美しかった。
「僕のところにおいで。もう、君を絶対に泣かせない」
 彼の言葉はとても甘美で、心が吸い寄せられていく。
 この手を、とりたい。
 何の迷いもなく、彼の差し出す手に自分の手を重ねる。初めて彼に触れた。思ったよりも冷たい彼の手をぎゅっと握ると、彼はそのまま瞬間移動をした。次にいた場所は、海の上に浮いていた。潮風が髪を揺らし、鼻孔を擽る。
 彼が指をパチンと鳴らすと、足下に大きな豪華客船が現れた。美しい船体に見とれていると、彼は私の手を引いてその甲板に降りたった。
「ここが僕のアジトだよ────そして、君の新しい家だよ」
 彼は跪き、私の手に口付けた
「僕の名前は兵部京介。革命組織P.A.N.D.R.Aのリーダーさ」
「ひょうぶきょうすけ、さん」
「みんなは僕のことを少佐と呼んでいる。君の性格上、呼び捨ては苦手だろう?」
 彼はさも当然かのように言ったその事実は間違いではない、本当だ。でもそこまで分かるなんて。私が驚いて彼を見ていると彼は微笑んだ。潮風で彼の髪が靡き、陽に照らされてきらきらと輝く。
「君の名を、教えておくれ」
 彼は今まで見てきた中で一番美しく微笑んだ。




間違いだらけのパズル
それでも彼に、恋をした。







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