「少佐」
「京介、だろう?」
「…京介、」
 京介に連れてこられたのは街の繁華街で、周りの雰囲気を見るにここはどうやらイタリアらしい。適当に店を見つけ二人で朝食を取るために入った。メニューを見ても字がイタリア語だったのでどうやら間違いないらしい。
「そんな顔するなよ、折角のデートなんだぜ?」
「そうだけど…」
 真木さんのことを思うと哀れで。京介が適当に料理を注文してくれて、運ばれてきたパスタを食べながら京介の顔を伺った。とても上機嫌だった。
「なまえ、行きたいところはあるかい?まぁ、君は何度か来たことあるから興味はないかもしれないが」
「京介は行きたいところあるの?」
「君がいれば何でもいいよ」
 ソース付いてるよ、と口の端をペロリと舐められた。思わず椅子ごと引き下がると京介は楽しそうに笑った。熱くなる顔を抑える。いつもこうやって誂うんだから…。もそもそと口につかないようにパスタを再び口にした。もう美味しいか美味しくないかなんて分からなくなっていた。
 私も、京介がいればどこでもいいや。その気持ちはテレパスで伝わったのか、京介は私の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。



 結局一日中観光地を巡ったり買い物をしながら普通に楽しく観光をした。陽が傾く頃に街を一望できる高台に連れてこられ、そこから異国情緒漂う街が夕焼けに染まっていく姿を二人で眺めた。今朝見た朝焼けの海も綺麗だったけれど、これはこれでまた違う美しさがある。
 ふと横にいる京介を見ると、京介が目で問うてきたのでそのままゆっくりと目を閉じ、京介に身を任せた。ゆっくりと近づいてきて、京介の唇が重なった。場所が場所だからカップルがこうしてキスをするのは日常茶飯事なんだろう。さっき他のカップルがしているのは視界の端に入っていた。
 昔はもっと恥ずかしくて、逃げようと足掻いていたけれど今は普通に受け入れられるようになった。京介はそれを少し残念がっていたけれど――からかう面白さがないと言って――今では何も言わずにこうして目で合図をしてくるようになった。まぁ私が応じるのはこういうことがよく見受けられる海外くらいなんだけれど。…日本ではやっぱり恥ずかしい。
「なまえ、元気になったかい?」
「え?」
「泣いていたようだったたから」
 目が赤かったよ。君の変化に僕はとても敏感だから。そう言って私の目尻に軽くキスをした。気づいていたんだ。その事実に嬉しくなって抱きつくと、京介は優しく頭を撫でてくれた。胸板に顔を寄せると、京介の鼓動の音が聞こえて心が落ち着いた。――生きている――その事実が私の心にすっと入り込み、今朝感じていた不安は消えた。
未来なんて、誰にも分からないんだから気にする必要なんてない。京介は今ここにいて、私を好きでいてくれる。それだけでいい。
「――ねぇ、なまえ」
「なぁに?」
「愛してるよ」
 顎を掴まれ近づいてくるそれに、私もそっと目を閉じて応じた。唇から伝わる愛に、心が満たされていった。
 
 私も、愛してるよ。京介




 ホテルに帰ると、予想通り待ってましたと言わんばかりに真木さんが部屋にいて、二人で一緒に説教をくらった。でも全く詫びるつもりのない少佐に真木さんは盛大に溜息を吐いて今度は矛先を私に向けた。もちろんこれも予想通りだ。
「だいたい何であなたは少佐を止めないんですか!あなたも仕事の重大さは身に染みてわかっていますよね!?少佐がいるのといないのとでは商談の進み具合が全く違うことも!」
「も、もちろんですよ」
「そもそも何で今日デートすることになったんですか!少佐はあなたを呼べば仕事をすると言ったからあなたを呼び出す許可をしたのに!」
「わ、私に言われても…」
 まさか、私が泣いていたのに気づいたから予定を変更したの?京介にテレパシーで伝えて、京介の顔を見ると彼は口角を上げた。全く、私には甘すぎるんだから。二人で微笑み合っていると、真木さんの怒声が上から降ってきた。
「二人だけで解決せんで下さい!ったく、本当に少佐は全く…」
「ま、真木さん。今日は本当にすみませんでした。でも、明日は私もきょ、…少佐に付いてちゃんと仕事しますから」
「それは当たり前です!それがあなたのすべき事です!」
 それだと私はまるで京介のお守りみたいじゃないか。と思ったけど一番のお守役は真木さんに違いなかった。彼の我儘に振り回された結果、いつも被害を被るのが真木さんで、巻き込まれるのが私だ。
 真木さんも可哀想に、と溜息を吐くと真木さんはいきなり全然違う話を持ち出した。
「話は全く変わりますが、ずっと疑問だったのですが、なぜ公私で呼び方を変えるんですか?別にみんな知ってることではないですか」
「え?あ、あの…別に深い意味はないんですけど…」
 京介の命令だから、なんて絶対に言えない。
「僕の命令だよ」
「なっ!京介!」
「公私で分けたほうが、ベッドの上で盛り上がるだろう?」
「なっ」
 この声は私ではなく真木さんだ。真木さんは顔を真っ赤にして驚いたが、その後すぐに冷静さを取り戻して盛大に溜息を吐いた。――本日何度目だろう。
 顔を真っ赤にして俯く私の髪を京介は弄びながら楽しそうに笑っている。楽しそうに、というよりは少し挑発的だ。真木さんに対して。その当の真木さんはこのまま説教しても無駄だと思ったのか、明日の予定を書いた紙を渡して帰ってしまった。
 二人きりになった途端、京介は私をベッドに押し倒した。
「ちょっと!京介!?」
「なまえ、君はホント可愛いよ」
 そしてそのままキスが降ってきたと思ったらそれはどんどん深いものに変わっていった。酸素が足りなくてぼーっとしてきて、蕩けた目で京介を見上げれば京介は至極楽しそうにこっちを見つめてきた。
「僕の可愛いなまえ―――今夜は寝かせないぜ?」
「そ、それは遠慮させていただきます…」
 もう一度近づいてくるそれを受け入れ、目を閉じてそれを感じた。京介の愛が伝わるそれに身を委ねながら、その腕の中で何にも代え難い幸せを味わった。






存在意義
未来さえも変えてみせる、ふたりで




―――――――
「UNLIMITED〜∞〜」を聞きながら





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