「これからの君の人生を、180度ほど変えてさしあげましょうか?」

彼がそれを口にしたのはほんの5秒ほど前の事だったけど、その言葉が指す意味もとい、彼が伝えようとした事も残念な事にあたしには伝わらなかったようだ。


彼は弁護士を目指して、大学在学中から司法試験合格を目指してきた。大学を卒業後も都心で1人暮らしを始め、弁護士事務所で雑務をこなしながら日夜勉強に励んだ。それでもやはり合格の門は狭く、彼は中々弁護士にはなれずに居た。

2回目の不合格通知が届いた時、一緒に通知を見ようとしていたあたしは野暮だと分かっていても垂れた頭に投げ掛けた事があった。


「なんでそんなに弁護士にこだわんの?」

垂れた頭はこちらには向かず、謝ろうとすれば、なんだか彼を傷付けてしまった自分が見えた気がして、刻まれていく時計の短針が早く進んで行く事だけを願ったのを覚えている。


そんなことが有ってもあたし達はずっと変わらない距離を保ちながら昔と変わり無く、あたしはあたしで自分の道を見付け出し、彼が受けた試験も今年で3回目を数え終わった。ゆらゆらと霞む炎と蝋燭の如く、自然の摂理に基づいたあたし達はそろそろ良いお年になった。同じ年頃の子がどんどん寿退社をしていったせいで、あたしは忙しかった。

疲れた、を口癖にするあたしに母は在り来たりに結婚やら孫を急かした。兄は美人のお嫁さんを貰い、幸せな家庭を築き上げようと張り切っていた。正直な所、羨ましいと感じたのは数回じゃない。
嬉しそうに辞表を持って来た女の子を見ては、兄夫婦のはにかんだような初々しい笑顔を見ては。




「これからの君の人生を、180度ほど変えてさしあげましょうか?」


彼がそれを口にしたのはほんの10秒ほど前の事だったけど、その言葉が指す意味もとい、彼が伝えようとした事も残念な事にあたしには半分も伝わらなかったようだ。

ひとつ伝わったといえば、彼が右手に持った合格通知。3度目の正直とは良くいったもので、彼はやっと弁護士の卵ぐらいにはなれたようだ。でもそれだけでは古い友達がやっとの事で夢を叶えた、おめでとうで終わり。これだけであたしのこれからの人生は180度も変わりはしないだろう。せいぜい3度が良い所だ。

彼がどうやってあたしのこれからの人生を変えてくれるのかは、嬉しそうに笑って突き出された左手によって、直ぐさま解決の方向に導かれた。



「180度変える覚悟がおありならば、届にサインをお願いします。必ず僕が幸せにしてさしあげましょう」



卵と襤褸
081101かける


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