まだまだ暦の上だけの春だと言わんばかりに、もうお昼になろうとしているにも関わらず室温は低く、ヒーターはひとり忙しそうに機能している。春らしさを感じられるのなんて、窓の外でびゅーびゅーと吹き荒れる風に乗ってやってくる厄介な花粉たちだけだろう。ここに向かうまでそれはもう苦しめられたのだ。コンビニで買ったなんとも頼りない使い捨てのマスクを外すと、やっと息苦しさから逃れられた。合い鍵を使ったため、家主は未だ家の奥に居るようだ。上着に着いた花粉たちを払い落としてやってリビングに入る。


「大丈夫、じゃあなさそうですね」

ベッドには思わず笑みが零れるくらい分かりやすく丸まったシルエットがあった。そっと布団をめくってみると、きゅっとつむられていた目がゆっくり開いた。

「うう…アレンごめんね」


本来ならば今日は久しぶりに映画を見に行く予定だったのだ。が、家を出てすぐに彼女から“今日やっぱ行けない”というメールが来て、すぐに電話をかけ直した。

行けないって、何かあったんですか?
お腹、痛くて…
えっ!大丈夫ですか?病院は?
…病院はいい
歩けないぐらい痛いんですか?…だったら救急車を呼ばないと…盲腸とかだったらたいへ
せ、…
…?
ただの生理なのごめんねアレン!!



「映画なんかまた行けますよ」

でも、って言ってまだ申し訳なさそうにする彼女の頭を撫でてキッチンに向かった。お湯を沸かして、ココアでも作ろう。あったかいものを飲んだらお腹の痛みも和らぐだろう。



「痛いの和らいできました?」
「うん、アレンありがとう」
「どういたしまして」

ベッドで横になる彼女のお腹を撫でていると、ふと幸せな気持ちになった。なんでかなあと考えてみると案外答えはすぐに見付かったのだけれど。


「赤ちゃんが、いるみたいだね」
「えっ?」
「赤ちゃんが出来たお嫁さんと、その体調を気遣う旦那さん」

まるでプロポーズみたいに聞こえる僕の言葉に恥ずかしくなったのか、そうだねーと口早に言って彼女は顔を逸らしてしまったが、僕の頬の温度も上がってきて、思わず口許も緩んでしまう。
布団の中で薄いシャツ越しに触れるお腹は確かな温度を持っていて、ゆっくりと撫でる度にそれが僕の胸にも流れ込んできて幸せな気持ちにしてくれる。


「このお腹は大事にしないとだめですね」
「そうだね」
「僕たちの赤ちゃんが最初に過ごす場所ですから」
「…ね」


「いつ来てくれるのかな」
「ばーか」

いつか出会える赤ちゃん。君のお母さんはとっても可愛らしくて、恥ずかしくなるとすぐにほっぺを赤くしてしまうような人です。
君のお母さんの旦那さん、つまり君のお父さんは100パーセント僕です。君のお母さんを1番に愛しているのは僕なんだから間違いないよ。


宇宙の海
t.にやり
120329かける


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