なんで俺って医者になったんだっけ。とか、考えてる暇なんか無いっつーの。チューリップだとかひまわりだとかの形に切られた厚紙は真っ白な診療室を華やかなものにし、ヘタすりゃ柄の悪いおにーさんだとでも判断されかねないオレンジ色の髪の毛が持つイメージを、明るくて優しそうな先生の持つ雰囲気だと認識を歪ませてしまう。実際に医者としての俺の評判はなかなかのものだし、「センセイ」として、周囲のナースさんたちも俺にとびきりの笑顔を振り撒くのだ。彼女たちが俺を呼ぶ時の「センセイ」は普段とは少し違っているのだが、まあ気分の悪いものではない。特に美人のオネーサンの時は。
要するに医者としての俺の人生は、十分軌道に乗っていると言える。毎日感じる充実感と、それに伴う疲労感。これは間違い無く良いことだ。だけど、こんなもんなの俺って。何で医者になったんだっけ?
ここだけ、なんかぽっかり空いちゃってんさ。


明日までに目を通しときたいカルテが山のようにデスクに溜まってて、仕方なく今日は病院に泊まり込むことにした。コンビニで買ってきたもんで適当に晩メシを済ませてコーヒー片手にデスクワーク。医者の不養生とはこのことさ、しょぼついてきた目を休めるために少しデスクから離れた。眼鏡を外してカバンから目薬を出そうとしたところで。

ガラガラガラッ
「だ、誰か居るんですかー!!」


あまりにも突然降ってきた疑問形の叫び声にすぐ答えを返せるほど俺は図太く出来ておらず、中腰でカバンを漁って目薬片手にお目目ぱちぱち。え、誰この人。ここ、俺のデスクで合ってる?えっと、夜勤のナースさん?俺は居残りのお医者さん?
お互いにぴくりとも動かず対峙している中で、俺に続いてなんとなーく状況を掴んできたのだろうか、彼女はハッとして口に手をあて、恥ずかしそうにして俺に尋ねた。

「 居残りするって連絡のあった…ラビ先生、ですよ ね」
「そ、そうさ…」
「不審者かと…」
「お医者さんです」
「ほんっとーに、申し訳ありませんでした!」

居残りしてせっせと働く俺のことを、きちんと届いていた居残りの連絡のことも綺麗に忘れ忘れ、こともあろうか病院に忍び込んだ不審者だと勘違いしたナースは、謝意と羞恥心の大いにこもったお辞儀を繰り返した。ぺこぺこって効果音とか聞こえてきそうで、ちょっと笑った。零れた笑い声に気付いたのか、ゆっくりと顔を上げた。あんま見たことないから、今春からの子かな。

「ちょっとびっくりしただけだし、大丈夫さ」
「すいません、夜勤って初めてで、かなり緊張してまして…」

彼女はやっぱり最近入ったばっかりの子のようだった。彼女の持つ懐中電灯のぼやっとした明かりから探ることの出来た彼女は、なんかすっごいちっちゃくて、化粧っけも他のナースに比べると全然無くて、学生っていう雰囲気を強く感じた。要するに幼く見えたのだ。

もう1度ぺこりと小さくお辞儀をしてからドアを閉めて彼女は部屋を出ていった。改めて、すっかり忘れて無意識に右手に握っていた目薬をさす。目薬さそうとして口も開けてしまうという癖を誰も居ない部屋で思う存分出そうとしていると、ガララッ!
え?


「…先生、夜の見回りに、ついて来てもらえませんか?」

大学病院に小児科医として配属されて2年とちょっと。初めて夜の見回りに行くこととなったのだが、何さこの胸の高鳴りは。いやいや、俺のタイプは背の高くてぼんきゅっぼんのオネーサン。学生みたいなナースに興味は無い。


「やっぱり駄目ですよね…」
「 しっかりついて来るさ」



赤い厚紙をチューリップの形に切ろうとして自分の指も一緒に切っちゃったり、夜の見回りごとに3回は転んでしまう彼女の側に居ると、何で俺は医者になったんだろうとか考えてる暇が無いほどに忙しい。…と、感じる暇も無いほど忙しく、ころころと変わる彼女の表情に付いていくので精一杯だ。
大切な子は俺が守ってやんないと!
こんなことを言って、俺は医者になった気がするけど。あながち間違ってはいなくて、今日も元気に転ぶ彼女と笑ってる。

「せんせーどうしようめっちゃ血が!」
「はいはい、すぐ消毒してやるからな」


120226クランケ未満


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