「アレン先生に、さよならは?」
「せんせいさよならー!」
「はい、さようなら」

自分の受け持つクラスの男の子とそのお母さんに手を振って、静まりかえった砂場に散らばるおもちゃやらを片付けた。中央に大きく盛られた砂の山にはトンネルが開けられていた。それを作るのを手伝った人間として、壊してしまうのは何だか勿体ない気がしたからそのままにしておいた。明日はどんな風に形を変えるのか、少し楽しみだ。
職員室に帰り、業務時間を終えた同僚たちが次々と帰っていく。今日の遅番は僕1人だ。といっても、預かり時間いっぱいまでこの幼稚園に預けられている子どもも1人しか居ない。その子の居る教室まで歩いた。

カラカラという音を鳴らして戸を引いても、いつもなら足元に飛びこんで来るはずの衝撃が無い。隣の部屋を見てみると案の定ピンクのブランケットに包まる丸い姿があった。その横に僕も一緒になって寝転がり、小さい背中にぽんぽんと手を置いた。



唇に、柔らかな温度を感じて目を覚ます。唇を割ってぬらりと入り込む舌に酷く不快な感覚を覚えた。寝転がる僕の頭上に影を落とすその人の肩を力付くで押し返すとすんなりと舌や唇は離れていって、唾液が糸を紡ぐ暇さえ与えなかった。彼女を睨むと、ちろりと舌を出して自分の唇を舐めた。

「…起きたらどうするんですか」
「起きないわよ」
「…なんで分かるんです」
「ママだもん」

にこりと、まるで普通のお母さんのように微笑むからタチが悪いんだ。着ていたエプロンをかばんに仕舞って、帰り支度を済ませてブランケットに包まる子どもをおぶった。隣を歩くのはヒールの女。向かうのは女の家。あるいは家庭と言った方が正しいのか。


もう既に見慣れたリビングに辿り着いて背中の子どもを起こした。ご飯ですよーって言うとまだ眠そうな目を擦りながらオムライスを食べ始めた。ぽろぽろ零すのを綺麗にしながら、当然のように僕も同じものを食べていた。彼女はそれを微笑ましそうに眺めてからバスルームに向かい、しばらくしてから子どもを中に入れて一緒に上がってくる。子どもの髪の毛を乾かして歯みがきをさせるのは僕の仕事で、ちゃんと毛布を掛けてあげてからおやすみなさいを言った。子ども部屋のドアを閉めてリビングに戻ると、淡いクリーム色したバスローブの女が僕を待って笑っていた。

アレンせんせいって、悪戯っぽく呼ばれただけなのに心臓が早く動いていくのは、この行為がインモラルだから。
旦那さんは確か、海外に単身赴任中だったか。僕は幼稚園の先生で、子どもを迎えに来たこの人を見て一瞬息が止まった。ゆらゆらと風に揺られる髪の毛も、つやつや光る唇も、全てが僕の頭の中身にアラートを鳴らした。それなのに、この人は。

「なに、どきどきしてるの?」
「してないですよ」
「あっそ」

少し踵を浮かせて僕の瞳を見詰める。ただじっと見詰めるだけで、こんなにも僕に背徳という快楽を与え、枷を負わせていく。僕に甘い味を教えたのは彼女なのに、枷を外すのも彼女なのだ、あまりにもアンフェアなルールに笑いが乾いて零れた。

彼女の肩を、押して突き飛ばして馬乗りに。バスローブの紐に指を絡ませる。

「起きたらどうするんですか」
「起きないわよ」
「なんで分かるんです」
「ママだもん」

「旦那さんが帰ってくるかも」
「来ないよ」
「…なんで分かるんです」
「 奥さんだもん」

赤い舌が覗くことさえもわざとらしく思えて、僕のシャツのボタンを外そうとしていた手を頭の上で一纏めにして掴んだ。別に彼女は僕がすることに何も抵抗は返さないから無意味なのだけれど、気持ちの問題だ。指に絡まるリボン結びの片紐を一気に引っ張った。真っ白い胸は、どくどくと心臓が動いていることを僕に知らせたが、彼女の本当の気持ちなんて教えてくれない。

「メス豚」

悔し紛れに吐き捨てた言葉には、バカ犬と返されてしまって、ああなるほどな、と。はあはあと荒くなる息を抑えることも、ぐるぐる回る熱いものを止めることも出来ないようだ。僕はもう逃げられない、です。


家庭内散歩
110924かける


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