肌をやわやわと撫でさすられると背中が粟立った。わたしはあまりこれが好きではないけれど、片方だけ見える目を細めて口角を上げる彼を見ていると、なんだかわたしが彼を満たしているような気がして、錯覚だと知っていても少しだけ心地好い気分になる。心臓に温かなものがゆらゆらと流れ込んでくるような。

わたしが任務から帰ってきて彼は直ぐに部屋へとやってきた。お帰り、会えなくて寂しかったさ。囁かれた言葉の薄っぺらさをわたしに分からせるように分厚い団服のボタンが外されていった。性急なことの次第に、まるで彼はわたしのことなど愛していないということを知らしめているようだったが、恐らくそれで当たっている。彼は利口な人間で、わたしのように馬鹿な女に特別な情を抱いてはくれない。しかしそれでも、彼がわたしに限らず誰も愛してはいないということ、それだけでわたしを満たす理由としては事足りていた。彼の吐息を感じることが出来るのも、細く節くれだった指の温度まで感じ取ることが出来るのも、今のところはわたしだけなのだ。

わたしをベッドに座らせて、団服の下に着ていたシャツまで剥いでいく。スカートは先に脱ぐように言われていたから穿いていない。団服は上下ともに床の上に適当に投げ出されていた。下着のみを纏った姿で彼の前に居る、目元に浮かぶ涙は生理的なものであって期待や不安からくるものではない。わたしが彼のことを好きだから。彼はわたしを好きではないから。


─ひとつ、ふたつ。
ゆっくりと、わたしの体に出来た生傷を数えていく指先。その指先が冷たいことを知っているのはわたしだけだと思うとまた、背中がぞわぞわした。それを見て愉快そうに微笑む彼は満足げに言う。切り傷ひとつ、痣3つ、それに掠り傷。
緩慢な動きで伸びてくる手に胸が高まった。愛されないと知っているはずなのに、心のどこかで望みを捨てきっていないわたしが居る。ごくりと生唾を飲んだ喉元に温い手の平が触り、そのまま一直線に肌を伝ってお腹に出来た痣を撫でた。優しくするすると肌の上を滑っていく手。1番赤くて鮮やかな所を見付けると、人差し指で、ぎゅうっと力を加えられた。目尻に溜まった涙が頬を伝っていったのが分かる。


痛い?ってわざとらしく尋ねる彼の吐息は普段よりも少しだけ熱くてどきどきする。それを見て歪められる唇。もう止められはしないのだろうし、わたしは嫌だとは思わない。
まだ塞がっていない浅い切り傷に舌を這わされる。ゆっくりと這う生暖かさやざらついた感触に震えた。なぜ彼がこんなことをするのかなんて、考えたところで分かりはしない。彼の選択や決定の正しさについて思慮することはわたしのすべきことではない。彼の快楽の糧、手段として存在を望まれている。傷口を這った彼の舌は心なしか普段よりも赤かった。

彼の赤い髪の毛に手を伸ばすと、すんなりと触れられたことに驚く。さらさらと言うよりは柔らかい、ふんわりと温度を感じる。指先で梳こうとして、止めた。過剰に触れられることをきっと彼は望まない。

きっと、きっと。
彼はわたしとの会話も望まない。部屋の外での接触も望まない。わたしに対しては、脚の長さにだって胸の大きさにだって興味が無いだろう。存在を望まれるのは、直ぐに傷付く軟弱な体、何回任務に出ても学習しない馬鹿なわたしだ。

本当は、切り傷は自分で作ったのだけど、気付いていない方がいい。
彼に必要とされるために努力したりだとか、触れられるために血を流すとか。馬鹿ばかしいけれどそれがわたし。
そんな女をきっと彼は嫌うだろうから、いつまでもずっと白痴のごとき愚かなわたしが彼のことを見詰め続けるのだ。いっそ彼の赤色に一緒に溶かしてしまわれたい。愛してほしいなんて言えない。


退廃的エデン
t.ベイビーピンク
110818かける


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