少し前わたしには彼氏がいた。一人暮らしをしてからすぐに彼氏と同棲を始めた。大学の頃から付き合っていた人で、バイトをしていた彼氏がわたしの部屋に移り住んで始まった生活。初めの頃は2人で過ごす長い時間がとても愛しくて、満たされていた。そんな時間は思っていたよりもすぐに終わってしまい、社会人になったばかりで毎日疲れて家に帰るわたしと、バイトを始めては辞めを繰り返す彼氏。ぴりぴりとした空気の中でお互いを大切に思わなくなった頃、わたしが家を空けている間に彼氏が女を連れ込んでいることに気が付いた。わたしの家に、知らない女を。
今思っても本当に馬鹿だった。彼氏を問い詰めて聞かされた事実は、わたしは丸々1年間裏切られ続けていたということだ。愛されてなんかいなかった。

早く出ていって、と。全くの赤の他人となった男と隣の女にそう告げて家を出た。いつも歩いてる道がいつもより暗かった。いつも1人で歩いているのに、胸が苦しい。1人で通りを歩いていられなくなって、公園に入った。マンションを探している時に見かけただけで入ったことはなかったけど、夕方には子どもの声が聞こえていた。
木が生い茂る中のアスファルトの小道を進んでいくと拓けた場所があった。そこには砂場や遊具が揃っていて、当たり前だが人は1人も居ない。


居ないはずだった。時間は11時をとっくに回っていたのだ。誰も居ないはずのブランコに座っていたのは1人の青年だろうか。ダッフルコートを着込んでマフラーを巻いていた。フードをすっぽりと被りながら俯いていて顔は見えない。ぼんやりと街灯に照らされながら白い息を吐き出していた。

誰かの隣に居ないと何かに押し潰されてしまいそうで、2つあったブランコのもう片方に座った。青年はわたしがブランコに近付いた時からわたしに気付いていたようだったけど、特に何も無かった。静かに雪が降り始めた頃に彼が口を開いた。


お腹、空いたなあ…。

ぐう、とお腹が鳴る。返事をするべきなのか迷ったが、考えていたよりもずっとわたしは人恋しいと感じていたようで、見ず知らずの青年に声を掛けていた。

「…うちに、来ますか?」
「  えっ?」
「1人で家に居れないし…」
「…どうしたんですか?」
「……」

「…僕、今家が無い状態なんです」
「  えっ?」
「1人で居れないあなたと家が無い僕」

ぴったりじゃないですか。と、フードから零れた笑顔に、わたしの心に温かいものが流れ込んでいた。
それから2人で家に戻った。わたしの代わりに彼がドアノブを回してくれて、わたしの手を優しく引いた。フードを取った彼の顔を見て驚いた。電気の下できらきら輝く白い髪に、額から走る赤い模様。青年と呼ぶにはずいぶんと幼く感じられた。
リビングに入ってコートを脱いだ彼に更に驚かされる。彼が着ていたのは制服だった。深夜に高校生を家に連れ込むことに道徳的に心配になったが、テーブルの上の写真立てが目に入って胸が痛んだ。居なくなるなら、顔も思い出せないくらい綺麗に忘れたかった。立ち尽くしていたわたしの後ろから彼がやって来て写真立てを静かに倒した。

「勝手に戸棚探しちゃったんですけど、飲めたらどうぞ」

差し出された紅茶を飲むと安心して、まだ名前も知らない彼にぽろぽろと零していた。
あの人に裏切られただとか捨てられただとかと言うのはわたしのエゴで、可哀相って言って同情してもらいたいだけだった。愛しいっていう気持ちを持っていなかったのはわたしも同じだったのに。


「何て言ったらいいか分からないんですけど…」
「うーん…」
「と、とりあえず」
「泣かないでくださいよ…?」

可哀相って同情されたり、大丈夫って優しい言葉だけを与えられるよりもずっと真摯な態度に少しだけ笑ってしまった。涙なんて出ないと思っていたのに、本当に優しく抱き寄せる彼の温かい胸の中では涙が出た。





「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -