今日、あいつが家に泊まりに来る。ゴールデンウイーク中の方が良いよね、夜はずっとお喋りしとこうねとか少し前から言ってたのは知ってたけど、まさか本気だったとは思わなかった。そんなもん冗談だと思うに決まってんだろ、普通。

確かに、俺とあいつは、付き合っている。親同士が知り合いで元々は幼なじみだったわけだし、ちっさい頃はあいつが家に来ることも多かった。…でも、今は昔とは違うだろ。あいつが家に来てたのはもう何年も前のことだ。それに、あいつはどうか知らないが、俺だってもうガキじゃない。
俺のことを好きだって言うあいつのことを、俺も好きだ。抱きしめる時だっていつも、細っこい体が折れてしまわないように優しく力を込める。速まっていく鼓動が触れた体から聞こえてしまわないか、気になって余計に顔が熱くなる。こんなにも感情を揺れ動かされることに驚いた反面なぜだか嬉しく感じるんだ。愛しいと思う感情は、このことだと知った。


「じゃあ、7時にお家行くね」
「…ああ」

じゃあ後で、と手を振りながら家に入る姿を見届ける。とくとくと早鐘を打つ心臓を落ち着けようと小さく深呼吸をした。俺は家であいつを待っていれば良い、それだけだ。コンビニであいつの好きな苺味のアイスを買って、家に帰った。



家にはいつも通りに母親が居て、安心したような違うような、なんかもやもやした。なんだっていうんだ。
7時ぴったりにあいつが来て、程なくして父親も帰ってきたから4人で食卓を囲んだ。温和な性格の母親と、どこかふわふわした雰囲気のあいつは昔から性格が合っているようで、久々に交わす会話に2人とも笑っていた。食べ終わって風呂に入ってから、冷凍庫に入れていたアイスを持って部屋に上がった。


「ユウくんちのお蕎麦は家で打ってるの?」
「まずかったか?」
「んーん、美味しかった!おばさんが打ってるのかなーと思って」
「…俺が打った」
「へ〜!ユウくんお蕎麦好きだもんね、すっごい美味しかったよ、ありがとう」

にこにこ笑うこいつを見てたら、いつも心が温かくなってくる。じわじわと温かいものが流れ込んでくるにつれて抱きしめたいと思う気持ちも大きくなる。隣で床に座ってアイスをかじっているところを、鎖骨から首筋に、肩に、ゆっくりと手を回して抱きしめた。きゃ、と小さく声が聞こえたけど離さない。

「ゆ、ユウくん?」
「……」

「アイス溶けちゃう…」
「……」

悲しそうな声色が可笑しくて回していた手を離した。嬉しそうにアイスをスプーンで掬って俺の口元に持ってきた。こいつが食べているのは何度も見たが、自分で食べたのは初めてだ。少し溶けてしまったアイスは冷たくて甘い、苺の味がした。
ぱくぱくとスプーンを口元に運んでいくたびに赤い舌が覗く。交差させたり戻したりする白い足がショートパンツから伸びる。黒い髪の毛からはまだ水が滴っていた。

なんでこいつ、こんなに無防備なんだ。もしかしたら俺が理性に負けて高鳴る鼓動に従う、華奢な肩を押し倒しちまうかもしれねえのに。嫌がることをして、泣かせるかもしれねえのに。
でもきっとこいつは、俺のことを信頼してくれてるんだと思う。抜けてるやつだけど馬鹿じゃねえから、無防備な格好で男の部屋に来たら普通はどうなるかなんてとっくに承知した上で、今ここに居てくれてる。だからといって、「そういうこと」を望んでいるわけじゃない。初めてキスをした時にだって、きゅっと堅く目をつむっていた。触れた唇から一瞬で熱が伝わってきた。
「心臓どきどきしすきて、死ぬかと思った…」
両手で唇を押さえて顔を真っ赤にしてたのを覚えてる。そんな純粋な女。
こいつのそんなところも愛しいと思う。だからこそ俺はこいつにもっと好きになってもらいたいし、嫌がることは絶対にしない。大切なものを守りたいと思う、当たり前のこの気持ちも、覚えたひとつだ。


「そろそろ寝るぞ」
「え〜まだ2時だよ?」
「明日出掛けられなくなるぜ」
「そっか、明日も一緒だもんね!」

本当は眠いのを我慢してたようで、あくびをした。自分の布団を敷こうとするが、部屋にはいつも使っているベッドがひとつだけ。クローゼットには何も入っていないことに気が付いた。

「…布団は、1階の和室だな」
「おばさんたちが寝てるんじゃないの?」
「…ああ」
「……」

急に部屋が静かになって、気まずい空気に満ちていった。まずい、これはまずいだろ。

「俺は床で寝るから、お前はベッドで寝ろ」
「え、そんなのダメだよ!風邪引いちゃう!」
「そんなことない」
「えっ!引くよ!」

立ったままにしているのを半ば強引にベッドに寝かしつけて、上から布団を被せた。電気を消してから、ベッドの脚側に凭れて座り込んだ。
なかなか納得がいかないらしく布団から起き上がって俺の様子を伺っていたが、電気が消えたことに観念したのか布団に潜り込んだ。


そんなに時間は経ってないと思う、囁くようなか細い声が耳に入った。疑うまでもなく声は布団の中から漏れていた。声がうまく聞き取れなくて枕元に移った。

「ユウくん、起きてる?」
「…起きてる」
「床、痛いでしょ?大丈夫?」
「平気だ」
「……」

「ねえ、ユウくん」
「なんだ?」

「 一緒に寝よ…?」
「 は?」

何言ってんだお前!と言う間もなく後ろからぎゅっと抱きしめられた。首まで回された腕は少しだけ震えているようだった。
腕を解いて振り返ると目が合って、すぐに布団を被って縮こまってしまった。どうしたらいいのかだいぶ迷ったが、こいつの気持ちを有り難く受け取ることにした。きっと、恥ずかしかったに違いない。
ゆっくりとベッドに潜り込んだ。シングルベッドに2人も入ると狭いはずなのに、ぴったりと壁に密着したあいつとはわずかに隙間が空いていた。

「もっとこっち来い」
「え、え?」
「…嫌がることしねえから」
「…う、うん」

少しずつこっちに寄ってきて、肩が触れたところで止まった。少しだけ湧いた加虐心に、顔を合わせるように寝返りをうつ。驚いたことにこいつも俺の方を向いた。布団の中できゅっと手を握られた。


とくとく
とくとく

もうどちらのものか分からない、お互いに限界まで高鳴った心臓の音を聞いていた。他人の鼓動を聞くとよく眠れるなんていうのは、やはりガキまでのことのようだった。好きだっていう気持ちが決壊してしまいそうで、抱き寄せた。肩がびくりと震えてすぐに離れようとすると、背中に回された温かい手の平を感じた。

「ユウくん、好き…」
「俺も、好きだ」
「大好き」
「ずっと、大切にする」

優しい香りがふわりと薫って、まぶたが重くなってきた。心地好い温度と感触を手放さないようにしっかりと抱きしめてそのまま、眠りについた。こんな気持ちで朝を迎えられる未来をきっと叶えていく。


覚えた愛し方
t.にやり
20110430かける


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