神田くんを初めて見たのは入学式。ピンと張り詰めた空気は、回りの子が持ち得ないものだった。
神田くんがクールな見た目に反して実は優しい人なんだって知ったのは、1年生の夏に、日直の女の子が黒板を消すのを手伝ってあげていたのを見た時。黒板の上の方が消せなくて困るくらい、わたしの背が小さかったらいいのになと思った。
神田くんのことが好きなんだって気付いたのは2年生になってすぐ。名前順に並んだ座席でわたしは神田くんの左斜め後ろに座った。決まって数学の時間に俯せになって寝ている神田くんの寝顔に、ついうっかり。こんなにかっこいい人を、だ。

神田くんが好きになって1年が経とうとしている。奇跡的に高校最後の年も同じクラスになれた。これもまた奇跡的になのだけれど、今度は隣の席になれた。1番後ろの2列目と3列目。受験生になったという実感を感じてない割に妙な焦りだけをわたしは感じていて、授業中の居眠りは我慢することにした。そんなわたしとは対照的に、彼は3年生になってからますます授業を寝て過ごすことが多くなっているような気がした。いくら黒板とノートだけに集中しようとしていても、隣から聞こえてくる寝息だとか、視界の端に映るちょっと顔をずらす仕種だとかに、どうしようもなくどきどきしてしまう。
彼までの距離はとてつもなく遠くて憎いけれど、わたしの心臓の音が聞こえてしまわないぎりぎりの距離だから縮めてしまうことは出来ない。こうやって言い訳ばかりしている内に、知らず知らずにシャーペンはノートに投げ出されている。彼との距離は1センチだって縮まってはいない。


洗面所で髪の毛を乾かしていても彼のことを思い出す。わたしの中に彼が流れ込んできているような感覚。ごちゃごちゃ色々と考えるけれど、結局わたしは彼のことが大好きなんだということだけだ。
彼が持っていた消しゴムをわたしも買ってみた。彼が持っていたのと同じノートを買ってみた。彼のことが好きで好きで好きで苦しくなる。自分の中にこんな感情が生まれるなんてことは知らなかった。緩やかに留まっていただけの「わたし」をこんなにも掻き乱して波打たせてしまう。神田くん。


ジャキン

神田くんと同じ消しゴム。ノート。
臆病なわたしは彼との距離を縮める代わりに、何かで彼との共通点を持とうとする。彼はきっと気付いてはいないのだ。ただの一人相撲。まだ完全に乾ききっていない前髪を人差し指と中指で挟んで、真横一直線にハサミを入れた。ぱらぱらとわたしの前髪だったものが落ちていく様を見て、鏡を見る。まったく似合わない髪型になんだか笑った。



毎日まいにち、彼が隣で寝ている授業ではずっと彼のことをみていた。今日も今日とてだ。顔の下に敷いてある腕の隙間からちらりと覗く横顔を見ていると自然にため息が漏れた。はぁ。
授業の始めに眠りにつくと彼は、チャイムが鳴るまでに起きたためしがない。だからわたしは黒板に書いてある文字を急いで板書してから、彼の方を見た。


「 なんだ」

相変わらず俯せになったまま、切れ長の目が開いてこっちを見ていた。どきどきなんて可愛い形容が出来ないくらいの勢いで心臓が忙しなく動き出す。ど、どうしよう。もしかしたら、これまで授業時間に入るごとに神田くんのことを見ていたことも知っていたりするのかもしれない。
身の程を弁えずに好きになったりするから、こういうことになるのかもしれないな、血が引いていく感覚と共に気持ち悪いくらいにわたしは冷静になっていって、口を開く。早くごめんなさいって言わないと、嫌われる。

「ごめ…「それ」

ゆっくりと吐き出した息をびっくりして飲み込んでしまった。やはり蔑まされるのだろうか。緊張で冷えていく指先をぎゅっと握って神田くんの言葉を待った。
神田くんはわたしの言葉を遮ってすぐに、左手でわたしの前髪を指した。

「なんだそれ」

はっ、と鼻で笑われた。何を言われたのかすぐには理解できない。神田くんが笑ってるとこ初めて見たなあ、なんて馬鹿みたいな考えがちらりと覗く中、顔が熱くなるのだけが分かった。神田くんに、顔真っ赤だぞって言われて余計に恥ずかしくなってしまって、思いっきり神田くんと逆方向に顔を背けた。こっちの人も寝ていた。

面白いやつ、って神田くんの言葉がぽつりと聞こえた。熱い頬っぺたを冷えた手で冷やしながら、神田くんの方をそっと窺うと、いつものように俯せていて顔は見えなかった。

お昼休みに友達は、その前髪似合うよとか、可愛いとか言ってくれた。嬉しかった。けどそれよりも、神田くんの「なんだそれ」っていう、馬鹿にしたみたいな言葉の方がずっとずっと嬉しくて、思い出すだけで顔が熱くなって、唇をきゅっと結ぶ。そういえばあれが、神田くんとの初めての会話だった。あまりにも素っ気なくて。味気無いものだったけれど。彼とお揃いの前髪。眉毛が見える長さで切り揃えた前髪は少し短すぎたけれど。明日の朝おはようって言ったら、おはようって返事をくれるだろうか。おはようって言ってくれなくたって、また笑ってくれるだろう。にこりと笑わないところが彼に似合っているように思った。


ジャキン
110307かける


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