「くちびるかさかさ〜」

洗面台に立って鏡の中の自分とにらめっこしてる彼女が不機嫌そうにぼやいた。俺になんとかしてって言ってるような声色だったからにんじんを切る手を止めて洗面所に向かった。

「リップ塗らないからさ」

何日か前に俺が買ってきた緑色のリップを差し出したら、ちょっと不機嫌な横顔をぷいっと逸らされてしまった。

「これ、いや?」
「スースーするんだもん」

これ、スースーするやつなんか。薬局とかでも1番良く見かけるやつを買ってきただけだったから、なるほどな〜って頷いた。化粧品のボトルと一緒に置いてある歯磨き粉は子ども用のグレープ味だし、ハッカ味の飴をやったら涙を浮かべて吐き出したこともあった。

「新しいの買ってくるから先に風呂入っとくさ」
「一緒に行く」

またスースーするやつ買ってきそうなんだもん、って聞こえたけど、黙って手を繋いでくるもんだから文句のひとつも言えなかった。これはへたれとは違うような気がする。不機嫌そうな顔はもうなかった。


「グレープある!」
「グレープの味はしないさ?」
「いい。なんか可愛い」

パッケージにはみずみずしい葡萄の写真が載っていて、それだけ見たら確かに美味しそうだし可愛かった。彼女がいいって言ってるんだからいいかと思って、ピーチとかストロベリーのリップもカゴに入れた。他になんかいる?と聞くと、ホットのミルクティーを持って来たから、まとめてカゴに入れてレジを通った。

帰り道は行きよりも随分と暗くなっていて、それに寒かった。繋いだ手をきゅっと握ると彼女はくたっとした笑顔を見せた。
歩道側を歩く彼女のくちびるを見ると、飲んでいるミルクティーで潤ったのか、かさついているようにはあまり見えなかったけど、親指でくちびるを撫でるとやっぱり、いつもと同じくらい滑らかではなかった、痛そうだ。
車道側に持っていたビニール袋からグレープのリップを出してパッケージを破いた。蓋を開けるとグレープのいい匂いがする。

「くちびる、んーってして」
「んー」
「ん」

痛くないようにリップを滑らして、なるべく優しく人差し指でクリームを伸ばしてやった。彼女の顔は、俺が彼女にキスする時の顔そっくりで、グレープの匂いもさっきよりも強く香ってて、人差し指がくちびるから離れて、彼女の目がぱちっと開いてすぐに自分のくちびるを重ねた。

指で触るよりもずっと柔らかい感触で、俺のよりもぷっくりしてた。

「グレープの味、した?」

彼女は火照ったほっぺを両手で覆い隠して恥ずかしそうにしている。試しに自分のくちびるに着いたリップを舌で舐めとってみても、グレープの味はしなかった。

「くちびるの味がするさ」


やさしくそっと
100124かける

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