赤とかブラウンの煉瓦が整列する道を、慣れないヒールで踏み締める。何回訪れようと、ゆったりと流れる優雅な空気に馴染むことはないだろうな。高級住宅街の中でも一際目を引く赤い屋根の大きなお屋敷。そこに彼は住んでいた。インターホンを押すといつものようにお手伝いさんの声が返ってきて、重厚な造りの門がゆっくりと開く。ふう、一呼吸ついてから、大きく一歩踏んだ。

「こんにちは。先生、今日は早いんですね」
「そんなことないよ?」
「そうですか」

なにがおかしいのか彼はよく笑う。ふふって、隠すように笑うその姿がわたしは大好きだった。少し大人びた彼がたまに見せる年相応な仕草は、彼より3つも年が離れたわたしの心臓をきゅっと掴む。

「今日は数学?」
「はい、お願いします」

ノートの上ですらすらと滑っていくシャープペンをじっと見続けることが、いつのまにか仕事になっていた。アレンくんはわたしなんんかより随分と賢いし、大人っぽい。そんな彼がなぜ家庭教師を雇いつづけるのかわたしは知らないけど、わたしはこうやって、彼の細くて白い指を眺めているだけで幸せなのだった。暇を潰す相手として雇われていても別に問題は無い。どうせ彼の受験が終わってしまえばそれっきりの仲だ。


「なんか、」
「ん?どしたの」
「受験ってもうすぐですね」
「アレンくんは焦ることないよ」
「いやそうじゃなくて」
「?」
「…なんでもないです」

アレンくんは一瞬こっちを見て笑ってまた手を動かし始めた。繕ったようなその笑みに、いつもと違う、ざわざわとした感触があった。けど、知らんぷりした。アレンくんが言おうとしたことも、お互いの気持ちにも。
春が来る前に終わってしまう、か細い糸で繕われてるみたいな関係だから、お互いに何にも言えない。もどかしさなんて感じちゃいけないんだよね。


何回も考えたことなのにまだ、同じことばっかり繰り返して、理解したつもりになる自分にうんざりする。どうせわたしが彼に出来ることなんて無いのだと、小さい子みたいに拗ねてしまう。ひらひらの天蓋が掛かったベッドに、初めて寝転がってみた。ふかふかのベッドはいつも隣にしか感じられなかった香りでいっぱいだった。

なんだか切ない気持ちになってきて涙が出そうになった時に、アレンくんが、あっ!て大きい声をあげた。何事かと顔を上げると、ベッドに突進するアレンくんがいた。あ、っぶない!

どーん
あまりの衝撃にスプリングが数回跳ね上がるのが分かった。びっくりして固くつむっていた目を恐る恐る開けると、ぱあぁって効果音が付きそうなくらいの満面の笑みを携えたアレンくん。

「先生ってまだ大学生ですよね!」
「うん、いま3回生」
「っじゃあ…!」


僕の家のお手伝いさんになったらいいじゃないですか!

「メイドになれって?」
「めっメイドなんて!」

急に何をするのかと思えば飛び付いてきたり、何を言うのかと思えば自分ちのメイドになればいいって?来年には大学生になろうっていう男の子が何言ってるんだか。呆れる振りをして少しだけ想像してしまうわたしが居た。

「とりあえずアレンくんちょっとのいて」

メイドって単語に顔を赤くした彼は自分が今それよりも随分と大胆なことをしているんだと気付いていない。そこがまた初々しい。

先生を襲うつもりなの、とからかってやると慌ててわたしの上からのいてそっぽを向いてしまった。さらさらの白髪から覗く耳は真っ赤になっていた。
大人びて見える彼はまだキスもできないくせに急にわたしの鼓動を早くしてしまう。彼の香りのするタオルケットにくるまって寝てしまおうか。恥ずかしがり屋の彼が、不意打ってキスでもしてくれるかもしれないな。


ゆっくり変わる
100914かける

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